会報「あすなろ」2025(令和7年)年5月号「積み重ねていくもの」

過去に何度か、他の道場との合同稽古(うちの道場にきたときは、うちのやり方で稽古します)をやりました。今後も機会があれば、空手を学ぶ者同士、違う道場の生徒との稽古(特に組手)は、うちの道場生にとっても良い刺激となりますのでやっていきたいと思います。 ちょっと前ですが、ある道場の生徒が合同稽古にきました。私はいつも道場の使用申請をしたりするため、18:45頃に道場に行きます。その日は、すでに他の道場の生徒、親御さんが(15~16名)来ていました。ところが、稽古開始5分前になっても、いつもきている道場生が、3人しかいませんでした。このままじゃ、せっかくきてくれた人達に申し訳ないという気持ちになりましたが、始まる頃には10人くらいになりちょっぴり安心しました。稽古にきたからには(基本はどこの道場でも同じですから…)、他の道場生もうちの道場生も区別なく指導します。ところが、途中からあまり注意をしなくなりました。気になる点が多すぎるため“いちいち注意をしていては稽古が進まない”と判断したためです。
基本稽古を見ていたあるお母さんが「道場によって、同じ色の帯でも違うものですね」とこっそり話しかけてきました。手前味噌になりますが、うちの道場はとにかく基本を大事にしています。毎回稽古にやってくる生徒は、それなりの基本が身に付いてきています。同じ色の帯を比べたら、うちの生徒の方が遙かにきちんとした動きができています。せっかく合同稽古に来たのだから、ということで後半は、試合形式でやることになりました。すると(組手の試合では)帯の差は感じられないのです。以前の会報でも述べたように、多くの道場が『試合に勝てる道場生の育成』を目的として活動していると思われます。もちろんそれは、子どもを預ける親の願いでもある訳で、そのこと自体が、(需要と供給の関係で)良いとか悪いとかいうべきものではありません。
私の経験上、同じレベルの運動神経を持った者同士が、一方は空手の基本通りに戦い、もう一方が自由に好きなように戦ったら、自由に戦う方が強いはずです。ところが何年かして基本をみっちり身につけた頃になってくると、立場が逆転するのです。自己流+勝つための技能のみを学んでも、あるところで限界が来るのです。自然界の動物は、死ぬまで生まれながら持つ運動能力だけが頼りです。しかし人間は、何百年にも渡る知識と経験を積み重ね、それを伝え受け継いでいくことができます。それが『武道』『文化』というものの素晴らしさであると思っています。
基本をしっかり学んだもの同士が、最終的に試合で勝てるか勝てないかの大きな要因は、本人の持つ(運動)能力の差です。仮に、大谷選手よりも努力している選手がいたとしても、大谷選手のようにはなれないのです。かつて50代60代とSKIFのマスターズの組手試合に挑戦したとき、それまで(世界大会に出場するような)雲の上の存在であった選手もいる中で優勝できたのは、まさに『基本稽古』を継続してきた賜であると思っています。もちろん、才能があってなおかつ、稽古を続けている人には勝てません。しかしそれでも、自分の人生の中で、先人の教え(文化)を学べる喜びは、特別なものだと感じます。

 

「五 月 病 …」

毎年この季節になると、学校や会社で鬱状態になり、不登校になったり会社を辞めたりする人が増えてきます。これらの人の多くは、まじめで新しい環境(職場)で頑張り過ぎる人だというのです。それがゴールデンウイークの連休で、張り詰めていた心が安まると同時に「今後も続けていけるのか?」と考える時間ができ、心の不安を増大させ、自信を失ってしまうのだそうです。
ところが近年、入社式から僅かな期間で仕事を辞めてしまう人がいて、退職代行を専門で行う会社まであり、かなりの利用者があるといいます。先日のモーニングショーで、入社1日で退職代行サービスを利用して会社を辞めた人のインタビューが流れていました。「私は接客が好きで、この仕事を選んだのに、いきなり皿洗いをさせられ、頭に来ました」と自分の希望と違うことをさせられたと…。「おそらく飲食業で、食事やお酒を提供しながら、お客さんと触れ合う仕事なんだろうな」と思いました。彼女を雇った側からすれば、華やかな舞台の裏側で苦労をしている人の存在を教えるために、裏方の仕事も経験させて、本来の仕事に就かせるつもりだったのではないでしょうか?そんなことを想像すらせず「(この美しい)私に、皿洗いをさせるなんて」と、1日で仕事を辞めてしまう人なんて、どんな職業を選んでもうまくいくはずがありません。他の人も「自分はこんなところに来る人間ではない」とか「研修の雰囲気が厳しそうだった」とか。どう考えても、僅か数日で自分の選んだ会社を辞める理由とは思えませんでした。
番組の後半で、昨年、入社数日で会社を退職した人のインタビューが流れていました。「会社を辞めた後、何社も面接を受けに行ったけど、前の会社を僅か3日で辞めた事実が分かった時点で、次の選考に進めなくなった」と、「未だにアルバイトをしながら就職先を探す生活をしている」とのことでした。その人は「一時の感情で会社を辞めたことを後悔している」と言っていましたが、もう少し自分の感情をコントロールできていれば…と、人ごとながらに思うのです。
武道を学び続けることができる人は、きっとどんな環境になっても、自分の選んだこと(仕事)を続けていけるのだと思います。

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