会報『あすなろ』2013年7月号
支部長の独り言 『能力の差』

先日、子どもたちに次のような話をしました。人類最速の人間、ウサイン・ボルトは100mを9.58秒で走ります。時速に直すと37.58km。1秒間に10.44m走る計算になります。小学6年生の50m走の平均タイムが男子で8.52秒、女子で9.07秒だそうです。つまり世界で一番速い人間も、普通の小学生の二倍の能力は持っていないということです。人間の能力の差なんてほんのわずかしかないのです。それでも、試合をやれば優勝する子もいれば、一回戦で負けてしまう子もいるのです。でも、試合に出ている子どもたちの能力を比較できたとたら、一回戦で負けてしまった子の能力を1とすると、優勝する子の能力は1.1か1.2くらいしか違わないのです。プロ野球の三割バッターとそうでないバッターの打つヒットの数は、ほんの数本です。そのほんの数本の違いが、何千万という年俸の違いを生んでいるのです。要するに、試合に勝ったり、強くなったり…は、どれだけ普段の稽古に、自分の思いを込められるか。ということになるのだと思います。各自の意識の向上に期待しています。
『人なればこそ』
ここのところ、ずっと基本をうるさく言っています。なんでそう基本・基本というのでしょうか?それは、以前からず~と言い続けていることですが“武道(空手)のいいところは、運動神経が鈍い、といわれている人でも、しっかり(基本を守って)努力すれば、必ず「あるレベル」に達することができる”ことだからです。あるレベルというのはかなり曖昧な表現ですが、個人的には“九割の人間に勝てる技が得られるレベル”というようにとらえています。
それはさておき、今私たちが学んでいる空手(空手に限らずすべてのもの)が、過去数百年(数千年)の人々が積み上げてきたエッセンス(真髄)だということです。人生80年という現代ですが、個人で学べる量など、たかがしれています。人間以外の動物は、生まれてから(弱肉強食の世界で)生き残ることが、最優先です。生き残るために、いろいろなスキルを得ていきます。中には素晴らしい狩りの方法や敵から身を守る方法を身につける動物もいるかもしれません。しかし、どんなに素晴らしい『業(わざ)』を身につけても、それを後世に残すすべがありません。ですから、どんな動物も一代限り、何千年でも同じことを繰り返すしかないのです。ところが我々人間は、言葉があり、文字があり、文化があります。いろいろな人が、試行錯誤した結果、「有益であるもの」や「価値あるもの」などを次の世代に、残していくことができるのです。つまり、長い歴史を持てば持つほど、後世の人はたくさんの『前人の遺産』を受け継げることになります。その前人の遺産のエッセンスが『基本』なのです。ですから、基本を勝手な解釈をして、自分流に変える行為は、過去の数万人の試行錯誤の結果を無視することであり、動物が自分で身につける『一代限りの方法』を実践することになってしまいます。
基本のほとんどが、人間の体のつくりや、物理学の法則などを学んでみると、合理的であることに気がつきます。もちろん、現代の科学・医学で解明されていない『気の流れ』…深呼吸をしながら、鼻から息を吸い、その息を頭のてっぺんに持って行き(実際には呼気は、気管から肺にしかいきませんが)背骨を通して、下腹(臍下丹田のあたり)でゆっくり回転させ、口から吐き出す…方法などは、意識としては行っていますが、実際にどれだけの効果があるのかは、正直疑問です。しかし、古来より面々と引き継がれたものには、何らかの効果があるのだと思います。かつては何の根拠もないと思われていた事柄の中に、例えば“笑う門には福来たる”のように、実際に笑うことが、健康(精神面のみならず、肉体面でも)に効果があることが、近年の研究で明らかにされてきているようなものもあるのですから…。
