会報『あすなろ』2014年2月号

合同練習会参加のお知らせ

4月5日、本部主催の国際セミナー(4月4日、5日、6日)の一環として、世界各国からの参加者と大田区の近隣道場の生徒が参加する、合同稽古を行うそうです。大人から子どもまで、みんなが楽しく交流し稽古することを目的としているそうです。今年が初めての国際セミナーで、今後とも継続していきたい意向があるそうです。参加希望の方は、指導部まで申し込んでください。

日程 2014年4月5日(土)
午前9:30~10:30 開場は9:00
会場 大田区、大盛りスポーツセンター 地図
京浜急行「平和島」下車 徒歩7分

金曜日の道場代について

最近、三木先生の“動き向上エクササイズ”の成果が出てきて、道場生の組み手のレベルが上がってきたのを感じます。特に(当たり前ですが)稽古の出席率の高い子の伸びが大きいようです。指導部でも、寒い中頑張っている子たちを応援したいと考えています。
そこで提案です。先日の父母会で、金曜日の扱いについて話があったようですが、「道場生が自由に稽古できないような金曜日では、道場代を会で出すわけにはいかない」旨の申し入れについてもすぐ誤解が解け、父母会の会長さんには、「今後も会で道場代は負担する」ことをお伝えしたのですが、皆さんの話し合いの結果「金曜日の道場代は父母会で」という結論に至ったそうです。父母会の決定は尊重しますが、会としては、

①毎月頂いている会費で十分道場代が出せること
②金曜日の稽古に参加するのは、当道場のメンバーだけであること
③万が一稽古中に怪我をした場合など、今の体制では責任の所在が不明であり保険の適応が受けられない可能性があること
④道場の予約が二重手間となること

以上4つの理由から、できれば今まで通り会が金曜日の道場代を負担した方がいいと考えております。金曜日の稽古は今まで通り(初心者の基本や、各自の目的に応じた稽古)で、指導者もできるだけ多く参加したいと思います。今後の道場の予約もありますので、できるだけ早めに結論を出して頂ければと思います。

支部長の独り言 『モチベーション』

 

日本人は(以前にも述べたように)アメリカの占領時の影響か、はたまた明治維新の頃からの影響なのか、英単語を(独自の解釈で)会話に入れて使うなど、白人(アメリカ人)への憧れが強いようです。モチベーション(motivation)も同じで動機、意欲という本来の意味より、やる気・気力といった意味で使われることが多いようです。

以前から、生徒によって稽古のモチベーションの違いがどこからくるのか?大会で上位に残る選手(特に低学年の選手)は何が違うのか?と疑問に思っていました。先日の大会で、ある先生が「強い選手が多い道場と、そうでない道場の差が何であるか」を話してくれました。“一流プレーヤー必ずしも名監督ならず”という言葉がありますが、強い選手の数が多い道場の道場主の多くは、空手の選手としての経験がほとんど無いというのです。そこの先生は自分では動かず、常に生徒を見ていて「どうすればいいか」を指導するというのです。

うちの道場は、指導者が生徒と一緒に稽古します。指導者が前を向いている時は、楽をしても(手を抜いても)わからないのです。つまり、教える内容が同じであったとしても、指導者が前に出て一緒に動いている間、技能が向上するかしないかは、個人のやる気にかかってくる訳です。仕事柄、中学生と接する機会が多いのですが、中学生になっても、この『やる気』をキープできる子は多くありません。例えば「勉強するぞ」と決心しても、授業中に居眠りしてしまったりします。自分のために辛いことに向かっていかなければならないことは、重々承知しているはずなのに目先の損得・楽で行動してしまうのですから、小学生に「自分の体のために、自分にとって辛いようにやれ」などと言っても無理なのです。逆に道場内で、自ら進んで取り組める子は、すでに大人の心を持っていると言えます。

先日、キックミットを使って打ち込みの練習をしました。普段突きや蹴りを「あてないように、あてないように」と言われているので、いざあてようとしても思い切りあてられる子が少なかったのです。現在の空手はスポーツ的な要素の比重が増していて、ケガをしない・させないことが最大のポイントとなっています。それはそれで大切であり、仕方のないことですが、拳と肌が10cmも離れているのに「防具に触れたら反則」というルールの中、万が一の時に身を守ることができないようなことになれば、空手道を学ぶ意義が薄れてしまうと思います。何が正しいとかではなく、何をするかが大切であるとすれば、うちの道場では、ポイントを取る技術ではなく、最終的に武道を通して『どう生きるか』と万が一の時には『自分と自分の大切な人の命を守れる力』を身につけられるようにしたいと思います。やる気が出る時というのは「人が誰かのエネルギーに共鳴して、自分の意志で動く時」だと思っています。うちの道場では、指導者が単なる技術の伝達者ではなく、道場生が共鳴できる実践者でありたいと思っています。
人は「誰かにやらされているんだ」と感じている時には、何をやっても伸びません。

支部長 重田紀元

 

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