会報『あすなろ』2014年6月号
支部長の独り言 『武道』
武道の技というのは本来「いかに相手を倒す(殺す)か」というところから生まれました。戦国時代の武術は、今のように空手だとか柔道だとか剣道…などと分かれていたのではなく、とにかく相手を倒すための技で「何でもあり」であったはずです。相手を倒すというのは、ただ一人の命を奪うだけでなく、相手の家族・親戚、友人など相手の生活の全てを奪うことになります。人の命を奪うことの大きさを知れば知るほど、命の大切さを実感し、だからこそ戦う相手に礼を尽くしていくべきという思いが生まれました。
人類が初めて手にした武器は、こん棒や槍(そして弓矢)などで、狩猟が目的であったはずです。やがて金属を手にし、刀が作られるようになると、武器を使う対象は動物から人に変わっていきました。自分と向き合った人を殺すということは、自分も命を落とすかも知れないし、相手の苦しみ、痛み、などを直接肌身で感じることになります。人間の文明は、ある意味戦争(いかにして多くの人間を殺すか)を通して発達していきました。弓を使えば、自分の危険や相手の痛みの感じ方は遙かに少なくなります。さらに鉄砲が発明され、相手との距離はどんどん遠くなりました。核ミサイルなどは、殺す相手を見ることもなく、ボタンを押すだけで何万人もの命を奪うことができるようになったのです。 我が日本では、刀が特別な力の宿るものとして神格化されたことと、ヨーロッパから最も離れた島国という地理的条件もあってか、世界中が遠距離での殺人へ移行する中でも、一対一の短距離戦が主流でした。信長の登場以降、鉄砲の導入によって戦国の世は急速にその終焉を迎えますが、武士がその長い戦国の世に身に付けた思想は、江戸時代という平和な時代で熟成され、武士道という世界に類を見ない精神性を持つ生き方が生まれたのです。お互いに命のやりとりをするからこそ、互いに相手に敬意を払い、死のその瞬間まで自分を高めていこうという生き方は、武士以外の日本人の心の中にも染みついて、世界に誇る日本文化が生まれたのだと思います。
以前にも述べたことがありますが、日本人は、お茶の作法や花の生け方を習うときも、その手順だけではなく、その精神を学び、それを通して自分の人生に生かそうという発想をします。人を殺すために生まれた武術は、人を生かす武道として、今では世界中の人々に愛され学ばれています。大人になって空手を始めた私は『護身』という明確な目的がありました。初めは動きがうまくできず、自分には合わないのでは?などと思ったこともありますが、続けていくうちにいろいろな人と知り合いになれたり…、と空手以外の喜びも増えてきました。へたくそな大人が頑張っている姿は、きっと子どもたちにもいい影響を与えたのではないか?と今でも信じています。
単なる勝ち負けを競うスポーツとしてではなく、生涯心と体を鍛え続けていける魅力ある運動として、そして、ある時には自分と自分の大切な人の命を守れる力も持てる。 私たちの道場は、自分の人生の中で頼れる大きな柱(自信)となれるような空手道を目指して行ければと思っています。
支部長 重田紀元
