会報『あすなろ』2014年10月号

支部長の独り言 『間合い』

 

格闘技(特に打撃系)において、間合いというのは非常に大きな意味を持ちます。間合いとは2人の間の距離のことをいいます。剣を持っていればその距離は遠くなりますし、柔道のように組み合うような場合は短くなります。前々号でも述べたように、剣が竹の刀となった時、剣道の間合いは、かなりその意味合いを変えてしまいました。体に触れれば切れる刀の持つ間合いと、竹刀で何度打っても「不十分」などといわれる間合いでは、間合いの見切り(判断)がいい加減になってしまい、まったく緊張感がなくなってしまっています。空手の場合は(これも前にも述べたように)当たれば痛いので、かなりシビアになります。ですから組み手での“間合いの攻防”は何ともいえない緊張感があり、それがまた空手の醍醐味の1つでもあります。

ここで間合いについて、もう少し詳しく考えてみたいと思います。間合いは「突き蹴りを当てるため」に取るわけです。間合いが0であったら、突きや蹴りは出せないのです。突きや蹴りを当てるには、空間(適当な距離)が必要だということです。この「自分の前方の空間をいかに守っていくか」が間合いの把握になり、「自分の間合いを守りながら、相手の突きや蹴りをかわしていけるか」の操作が見切りということになります。かつて空手は「一撃必殺」と言われていたことがありますが、実際にお互いが動いている中で、正確(狙った急所)に効果的な打撃を与える。ということが、いかに難しいことかは、組み手をやってみれば分かります。インパクト時にちょっとでもズレが生じてしまえば、その威力は激減してしまうのですから。試割りで、台の上に据えたレンガや瓦を割るのと同じように、全く動かない相手に打撃を加えるなら、一撃必殺もあり得るかもしれませんが…。

相手の突き蹴りを「受ける」「かわす」といった意識でなく、「空間を遠ざける」「空間をずらす」意識でやれると、感覚的に「技のインパクト」の外し方がわかってくるといいます。このインパクトの外し方は、非常に小さい動きで十分なのです。この事がわかれば、冷静に相手の動きが見られるようになり、いわゆる「見切り」がうまくなります。見切りがうまいということは、自分の攻撃がしやすくなるということです。宮本武蔵の強さ・凄さの秘密は「間合いの見切り」にあったといわれています。武蔵は相手の剣先と自分との距離を、なんと一寸(3cm)とか五分(1.5cm)で見切ったと言われています。相手の剣が通過した直後、ほんの少し移動するだけで、相手に致命傷を与えることができたのです。まさに神業というか、理想的な戦いであったはずです。
以前から、空手のスポーツ化に対して抱いている疑問が、武道の精神が失われ、単なる勝ち負けだけが優先されてしまう恐れがあることと、もう1つが、この間合いの問題だと思っています。
何度も言うことですが、命をかけて暴漢に対峙することなんて、一生のうち一度もないかもしれません。でも、そんな場面に遭遇してしまって、通り魔に命を奪われてしまう人もいるのです。かつての武士が「一生に一度あるかないかの戦いのために、日々の鍛錬を続けていた」という生き方が武士道であり、常に自分を鍛え高めていくという、心の持ちようが、人生に大きな喜びを与えてくれると信じています。

支部長 重田紀元

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