会報『あすなろ』2015年7月号
支部長の独り言 『理解すること』
以前に、「基本がいかに大切か」という話の時に、私のゴルフの話をしました。簡単に言えば、自己流で始めたゴルフが上達しない。矯正を初めて5年経っても本番では悪い(自己流の)癖が出てしまう。最初から基本通りにやっておけば、こんなに苦労しなくてすんだ…というような話です。どんな競技でも当てはまることですが、特に型競技においては、自分の感覚では「きちんとやっているつもり」という思いが、上達の大きな妨げになります。
「鼻筋を通して顔をまっすぐ向けなさい」と言われる。自分ではちゃんとやってるつもりなのですが…。ゴルフも始めて30年以上経ちます。「これじゃだめだ」と基礎からやり直して、7年過ぎたあたりから、ようやく「基礎から初めて(みっちり)1年くらいやった人と同じレベルになってきたな~」と思えるようになってきました。そこで気がついたことは、7年前に最初にレッスンプロから受けたアドバイス「肘を締めなさい」が、ようやく「こういうことなんだ」わかってきた、ということです。7年も前に言われた、簡単な動作がようやく自分の体の動きとして理解できてきたのです。
私はよく幸せについて話をします。「感謝の心があれば幸せに(なれるじゃなくて)気づけるよ」と。こういう話をすると「そんな当たり前のことはわかっているんだ」「もっと具体的なことが知りたいんだ」というようなことを言う人がいます。これもゴルフの話と全く同じです。真理とは言葉にしてみると、とても簡単な言葉になるのです。例えば友達と待ち合わせをしたとします。時間になっても現れないので携帯で連絡すると、実はすぐ近くにいた。こんな何でもないことでも、まだ携帯がない時代の人からすると、必ず会える・連絡が取れる”ことがどれだけ幸せなことか…。日本がかつてないほどの繁栄が続く中(特に物質文化は最高のレベル)生まれ育ってきた若い人には、携帯(スマホ)は当たり前。感謝するものではありません。すべてが「あって当たり前」なのです。あって当たり前(満足の基準が高い)ということは、なければ不満ということになります。この基準が高い人ほど、幸せを感じることが難しいのです。 以前にも述べたように、同じ現象でも、見る人、見方によって違うのです。ですから、言葉で言えば簡単なことが、実際にはなかなか実感できないのです。空手でも、上体の姿勢を「正座をしているときのように」とか「脳天からおしりに心棒を通して」などと言ったりします。でもその言葉の意味を、理解(実践)できるまでは、いい姿勢はもちろん、空手の上達もできないのです。
当会では、小さいうちはあまり細かいことを教えません。親からすれば、「みんなと同じように…」と思うことがあると思います。しかし、体を動かすことの楽しさもわからないうちに、みっちり基本(プロゴルファーにするなら絶対必要)をやって、空手が嫌になってしまっては、元も子もありません。初めは雰囲気で見よう見まね。本人のやる気が出てきて(もちろん個人差があります)、そのレベルに合わせた指導をしようと思っています。どんなことでも“わかるからできる”のです。理解できなければ真の上達はあり得ません。
支部長 重田紀元
