会報『あすなろ』2015年12月号
支部長の独り言 『もう一度原点に返って』
早いもので、今年も残すところ1ヶ月となりました。『あすなろ』も35号、足かけ3年ということは、木更津中央支部も丸3年が経過したということです。ここでもう一度、各自が何のために空手を始めたのか…など、いろいろと考えてみたいと思います。
今、政治では「維新の会」が相変わらず、ごたごたを続けていますが、維新とは、物事が改まって新しくなること(広辞苑)とあります。とりわけ明治維新は、日本人が大好きな出来事の1つといわれ、大河ドラマは「視聴率が下がったら明治維新」と言われるほどだそうです。しかし、冷静に考えてみると、この改革(改悪?)以降、我が国は世界に冠たる文化を失い、戦争に突き進み、その結果、我が国のみならず多くの人々の命を奪うこととなりました。維新が西洋列強の裏?工作であるなどの意見もあり、語ればきりがないですが、ここでは維新を支えた武士の生き方に着目していきたいと思います。
明治維新は、260年という長い平和な時代を経て起こった、武力革命です。武力による革命が可能であったということは、平和な時代となり具体的な『敵』がいなくなっても、武士は戦うための鍛錬を連綿と行っていたという証です。“主君(お家)のために命を捨てる”といういつ起こるか分からないことのために、我が身を律し、武術の鍛錬を続けたのです。
“何の利益を期待することなく、1つのことを続けること”これこそがスポーツと武道の違いであり、日本人が最も崇高な民族であると称えられる所以です。勝負をすれば、必ず勝者と敗者ができます。勝者は「勝負は時の運、次は自分が敗者になるかも知れない」と思い、勝ちにおごることなく気を引き締めます。敗者は「自分の未熟さを痛感し、更なる精進を誓います」両者の思いは、勝負後の静かな『礼』として現れます。
現代のスポーツは、お金と切っても切れないものとなっています。ですから「勝つこと」「一番になること」が何より優先されまず。強者は弱者をあざ笑い、弱者はどんな手を使っても、強者に一矢報いようとする。これはテロ集団と大国の戦いの図式そのものです。
私は“空手を空手道といい、スポーツではなく武道である”という思いを持ち続けていきたいと思っています。空手道と出会ったお陰で、我が道を堂々と歩いて行ける自信を持ち、多くの人との出会いがあり、還暦間近となった今でも、ある程度元気で若々しく(自分で勝手に思っています)動けるのだと信じています。何度も書いたことですが、武道は人生の生き方の大きなお手本であるのです。ですから「○○の道場に行けば試合に勝てる」「○○高校、○○大学へ行けば幸せになれる」的な発想を安直に持ちたくないのです。確かに環境は大きな要因の1つではありますが、結局は「自分がどれだけのことができるか」によって全てが決まるのです。前回の審査で『登録』を保留にされた3名は、審査後素晴らしい努力をしました。黒帯に恥じない稽古ができていました。彼らが手にする『強さ』は、地道な努力の積み重ねで、安直に手に入る物ではありません。まさに武士道そのものだと思います。会員の一人一人が、もう一度原点(初心)に返って稽古に励んでくれたらと思います。
支部長 重田紀元
