会報『あすなろ』2016年3号

支部長の独り言 『○○ばか』

元プロ野球のスーパースターであった人物が、覚醒剤の所持及び使用で逮捕されるというニュースが日本中に衝撃を与えました。プロ野球に限らず、花形選手は子どもたちの憧れの存在であり、人生の目標となっている場合すらあります。プロスポーツの世界で一流となるには、人並み優れた素質・才能の他に、人一倍の努力が必要です。その厳しい練習に耐える力がある人が、覚醒剤とか、暴力団等と繋がりを持ってしまったのは、間違いなく『心の弱さ』があったからです。
過去に何度も取り上げたことですが、この事件はスポーツと武道の違いを如実に表しているのです。

2010年バンクーバーで行われた冬季オリンピックの日本選手団出発式に、ある若い選手が鼻ピアス、ちりちり頭(ドレッドヘアーと言うのだそうです)にシャツだし…と、とにかくだらしない格好で現れ、大騒ぎになったことがありました。彼は小学生でプロのスノーボーダーとなり中学生の時には、世界大会で常に上位入賞をはたし、多額の賞金を稼いでいました。芸能界の売れっ子子役と同じで、小さいときから周囲の大人からもチヤホヤされていれば「人の気持ちがわかるように…」なんて無理な話です。この選手は、技術は超一流。彼にとってオリンピックは金の稼げない単なる見世物ですから、頼まれたので「出場してやるか~」程度のものでしかなかったはずです。選手全員がきちんとした着こなしの中で公式服装規定違反の厳重注意。でもメダルの期待が高かった彼をJOCはオリンピックに派遣。ところが8位入賞という結果で帰国後謝罪会見。その席で「反省してま~す」と言いつつ舌打ちして「チッうっせーな」がマイクに入ってまたまた苦情殺到。その後彼は活動拠点のアメリカへ…。
日本人というのは、どこかにスポーツは武道の延長線上にある(あって欲しい)。つまり、一流のスポーツマン=一流の人間。という思いがあるのです。厳しい修行(単なる練習ではないのです)に耐えて一流になる人は、心も鍛えられているはず…。残念ながらこれは武道的発想であり、世界の中ではある意味異質な発想なのです。ラグビーの五郎丸選手が入団したチームには、彼と同じポジションのライバルがいるそうです。彼は麻薬の売買等で何度か逮捕されたと言います。でもラグビーの技術は超一流だからという理由で、試合にも出て大金を稼いでいるのです。多くの海外の国では人格とは別に、能力は能力として評価されるのです。しかし日本では、○○バカでは尊敬されないのです。
私たちは、道場に出入りする時や、試合の前後に『礼』をします。それは、稽古(何度も言いますが、武道では練習ではないのです)や、試合によって自分を鍛えてもらえる場所・相手、という発想をするから礼をするのです。単なる練習で技術を磨くだけの場所・道具(大リーガーはグランドに平気でつばを吐きます)ではないのです。
今の空手(全空連ルール)の試合を見るたび、武道→スポーツへの傾向が強くなっていると感じられます。オリンピックの種目となることにより、一層外人が見て美しさを感じる形・動きが重視され、本来の敵を仮想して技を錬磨していく意味合いが薄れた型になってきています。組手も“暴漢から自分や大切な人を守る”等という状況は、想定すらしなくなっています…。 それでも私たちは、技術と人格、両輪の成長を目指したいと思います。

支部長 重田紀元

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