会報「あすなろ」2018年1月号 「空手を学ぶ意義(大人編) 」
明けましておめでとうございます。
また元気で、新しい年を迎えることができました。
さて、昔、ゲームセンターにパンチの強さを測る機械(パンチングマシーン)がありました。
正拳突きがある程度突けるようになった時、こっそりとトライしたことがあります。
腰も切れ、拳の握り込みも決まって「よしっ」と思ってマシーンを見ると「大したことない」レベルでした。
そのあと、中学生らしき子が思いっきり手を振り回してトライすると「強い」と表示されました。正直この
時は、大きなショックを受けました。その後空手おやじから理科の先生に戻って冷静に分析してみると、そ
の結果は至極当たり前のことだとわかりました。
マシーンの測定方法は、おそらく“パンチングボールがどれ位の速さでどれだけ移動するかで強さを決めている”
はずです。
空手の突きは『極め』の距離が短いのに対し、振り回すパンチは衝撃を与え続ける時間が長く、さらに拳の
スピードも遠心力を利用するため速くなります。
衝撃の大きさは、拳の重さ(質量)と速さのみによって決まるのです。
では、空手の突きは意味がないのかというと、そんなことはないのです。
それは“じっとしている相手はいない”からです。動いている相手を想定すれば、思いっきり腕を振り回す
パンチは当たるはずもなく、当たっても握り込みがしっかりしていなければ相手に伝わる衝撃は強くはな
りません。よく「空手をやっている」というと「何段ですか」と「瓦何枚割れますか」と聞かれます。
確かに“空手=瓦割り”というイメージがありますが、今の時代一般の人にとって、破壊力を追求すること
自体、あまり意味がないと思うのです。
先に述べたとおり、突きや蹴りのパワーは物理学により明確に定義されています。同じ速さ、同じ拳の堅
さであれば体格の大きい人ほど強くなります。ボクシングが17階級にも細かくクラスを分けているのはそ
のためです。
今の時代、実戦で想定できるのは防御+αです。いくら正当防衛といっても、相手を殺してしまっては、
社会的にも精神的にも、経済的にも大きな負担を負うのは明らかです。
確率は低いながら、通り魔(のような人も)に遭遇した時、自分と大切な人を守れる力です。
あとは何度も言うように、自分の人生に喜びを得るために、今の生活の中に幸せを見い出す力を得るた
めに体と精神を鍛え「強さ」を目指しているに過ぎません。
うちの道場では、試合に出ることを考えていない大人同士の組手の稽古は、相手の動きを読み、攻撃
をかわし(捌いて)的確(有効な…そこそこパワーのある)な突きや蹴りを出せることを目的としています。
こういった訓練を繰り返していくうちに、少なくても一方的に殴られた、とか刺されたという悲惨な結
果は避けることができるようになるはずです。
また、それだけの力(余裕)があれば、酒場で“酔っ払いに絡まれたらどうしよう…”という不安がなく
なるだけでも“空手を学ぶ価値がある”と思われます。
平成30年1月6日
支部長 重田紀元

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