会報「あすなろ」2018年2月号 「空手を学ぶ意義(子ども編) 」
前回は、大人が空手を学ぶ意義について考えてみました。
今回は、子どもが武道を学ぶ意義について考えてみたいと思います。そこで、現代において武道
を学ぶことに関する、私の2つの基本的な考え(目標)を再確認のつもりで、述べてみたいと思います。
1つは、我が身と大切な人を守れるレベルの強さを手に入れること。もう1つは、自分に与えられた
『枠』の中で、幸せを見いだせる能力・精神力を手に入れることです。もちろん世の中には、山ごもりの
修行をしてまで強さを手にしたい。とか、競技でチャンピオンなりたい。という人もいれば、健康な体を
手に入れられれば十分という人まで様々です。ただ、生まれてきたくて生まれてきた人は誰もいません。
けれど、せっかく人間として生まれてきたからには「いい人生だった」と思って、その最期を迎えたいと
思うのです。
そのため、私の考える上記の2つの目標は、すべて“幸福な人生を手に入れる力を身につけるため”という
大目標を達成するための具体的な目標と思っています。
だからこそ、小学生でポイントを取る技術だけに特化したチャンピオンに、あまり意義を見いだせないのです。
しかも日本一になったとしても、空手で年収1億円は、まずあり得ないのです。チャンピオンになれない人は
必ずどこかで負けるのです。
勝ち負けだけにこだわった人間(基本的な人間関係を構築できない人)が大人になって…。と未来を考えます。
子どもと大人が武道を学ぶ目的で、一番大きな違いは『我慢』です。子どもはこれからの人生(思い通りに
ならないことの方が多い)の中で、いろいろな人と交わり、人間関係のバランスを取り、自分の生き甲斐を見つ
けていくのです。 夢のある反面、それを叶えるための努力が求められるのです。
そのため、我慢することが人生の様々な場面で求められるのです。一方大人は、残念ながらというか、ほとん
どの場合大きな夢(持つこと自体が…)を叶えることはできません。今ある生活を守りながら、その中で更なる
健康と生き甲斐を求めていけばイイので、基本的に我慢はいらないのです。
数年前ブータンが世界一幸せな国、と言われた時期があります。しかし今はノルウェーが取って代わっています。
ブータンの幸せは、かつて一世を風靡した「一杯のかけそば」の幸せ(貧しいながらも親子の仲が良く、一杯の
そばを分け合って食べることに幸せを見出せる)なのです。しかし、同じ思いを持てる家族なら、そば屋に行っ
て「僕は天ぷらそば」「私は鍋焼きうどん」と好きなものを食べられる方がイイに決まっています。
“感謝の心+豊かさ”それがノルウェーの幸せなのです。
私事で申し訳ないですが、残された人生を考えれば、人生の賞味期限(体が自由に動き何にでもトライできる)は
あまりなく、消費期限(これは想像にお任せです)もどんどん近づいてくる中、人様に迷惑をかけない範囲で、食
べたいものを食べ、行きたいところに行き…と、自分の経済力の範囲で「やりたいことはやっていこう」と考え
るのです。
うちの道場は、チャンピオンも目指したいと思います(やるからには勝ちたい)が、結果よりその過程を大切にし
たいと考えています。子どもが武道を学ぶ価値は、(将来のために)イジメに負けない“強さと礼節を身につける
事”にあると思っています。

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