会報「あすなろ」2020(令和2年)年3号「 日本の文化」
先日、不登校の自由を主張する小学生(要は長欠?)YouTuber「ゆたぼん」の父が、息子が寿司を
食べる姿をツイッターに投稿。すると「箸の持ち方がおかしい」「親はちゃんと躾をしてるのか」等
という声があがりました。そしてこの話題が更に大きくなったのが、MLBカブスで活躍するダルビ
ッシュ投手のつぶやき。「自分で言うのは変やけど俺は酷い。てか他人が箸で攻撃してくるわけでも
ないのに、なんでそんなん叩くんやろ。歩き方、走り方変で叩かれなくない?」と発言、右にある自
身の箸を持つ写真を投稿しました。この論争に有識者と呼ばれる人たちが参戦、ネット上でマナーに
関する論争が勃発したというのです。肯定派の意見は、脳科学者の茂木健一郎氏の「そもそも『正し
い箸の使い方』というのがどこの誰がいつ考えたものかわからないし、合理性うんぬんも評価関数や
根拠が怪しいから、ぼくは基本的に箸の使い方は自由でいいと思うけど、それを『マナー問題』にし
てしまうところが、日本だと思う」に代表されるでしょうか。否定派は「マナーが悪い」「見た目が
美しくない」「日本文化の教育(躾)って必要なんじゃ…」等でしょうか。 皆さんは、どちらの意見
に共感されますか?
ところで“武士には左利きがいなかった”ということをご存じでしたか?人間の約1割は、左利きで生
まれるそうです。当然江戸時代の武士にも左利きで生まれる子はいたはずです。ところが、刀は左差
し(バラバラだとすれ違う時武士の魂を納めた鞘が当たる危険が増える)と決まっているし、書も右利
きが前提。ということで、有無を言わさず『右利きへの矯正』が徹底的に行われました。今だったら
『幼児虐待』ですぐ通報されてしまいます(笑)。
かつて何度か述べたように、日本人は『道』という言葉が大好きです。空手や柔道・剣道等の武道は言
うに及ばず、茶道、華道、書道…あげくはアメリカ生まれの野球にすら『道』をつけ、球場に入ると
きに礼をしたりしています。それらの『道(人生の指針)』は長い年月を経ていく間に、その動作・心が
研ぎ澄まされ、美しい形として後世に継がれる物となっています。美しい形、立ち居振る舞いを身につ
けるために、稽古が存在しました。有名な神社仏閣の建物や庭は、何百年も姿を変えることなく受け継
がれ『侘び寂び』の心等を私たちに伝えてくれています。質素だが、計算し尽くされた石庭に、何か1
つでも勝手に何かを加えたとしたら、その瞬間にその美しさは崩壊するのです。そして、美しい庭の維
持には毎日の手入れが欠かせないのです。色々な『道』に作法があるように、食事にも作法があるのです。
「自由でいいじゃないか」今の日本は、この発想が主流です。箸なんて道具なんだから、食物を口まで運
べれば突き刺して食べたっていい…。それも理屈です。でも『美しさ』という基準をたくさんの人が持っ
ているからこそ、日本人は独特の文化(感性)を維持していられるのです。そんな日本にあこがれ、世界中
からたくさんの人が日本を訪れています。昔ながらの環境をスイッチ1つで何でもできる快適な環境に変
え、好き勝手なことばかりいう人間だらけの日本になった時「日本に来たい」と思う外国人がいるでしょ
うか。空手を学ぶことは、強くなって勝つための手段を学ぶだけではなく美しい物を美しいと感じ、守っ
ていける力を身につけていくこと。こんな事を考える『ゆとり?』があってもいいかもしれません。

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