会報「あすなろ」2021(令和3年)年3月号「達人」
トルコのギョベックリ・テペ遺跡。
約1万2千年前、人類が狩猟採集生活を営んでいたと考えられる新石器時代に作られた巨石建造物。
ピラミッドを初めとする巨大建造物は、農耕が始まり人々が集団生活を始めてから(集団の力で)作
られたと考えられていますが、せいぜい数家族単位で暮らしていたと思われる時代、ギョベックリ
・テペは何のために、そして巨大な石はどのようにして運ばれたのでしょうか? もしかしたら石器
時代の人間は、現代では想像もつかない『力』を持っていたのでしょうか?などと、古代のロマン
に思いを馳せてみるのも楽しいものですが、現代にも不思議な力を持った人たちが存在しているよ
うです。
近年SNSを通して、いろいろな情報(全てが真実とは限りません)を簡単に手に入れることができ
ます。武道に関するものも多く、まさに『達人』と呼ぶに相応しい人の映像に出会うことがありま
す。その中で特に私の気を引いたのが、達人ではない“空手歴40年のYさん”です。彼の手には長年
巻藁(拳を鍛える道具)を突いてできた、もの凄い拳ダコがあります。Yさんの拳ダコを見て「喧嘩
をふっかけよう」とする人は、まずいないと思います。
ところがYさん、いろいろな映像に顔を出しているのですが、いつもいろいろな達人に簡単にや
られてしまうのです。
故金澤宗家も『達人』だったそうです。
本部の指導者の中で“宗家のレベルに達していると思われる人”を私は1人しか知りません。
小柄なその先生、見るからに屈強そうな大男が、本気で殴りかかっていっても、みんなコロコロ
と赤ん坊のように転がされてしまうのです。その先生から直に指導を受けた時は“本当に現実なの?”
という感じでした。その先生曰く「宗家はもっとすごかった。気を操り、我々には到底できない技を
持っていた」そうです。稽古を始める前に正座し、黙想する時(残念ながらいつも参加者は数名です
が…)の呼吸法や気の鍛錬の方法は、私が宗家から直接伺った方法です。ただ、やり方がまずいのか、
才能がないのか、私は未だに気を捉えることができません。おそらくこれからも『気』を操れるよう
な達人にはなれないと思いますが、我々が行っている稽古の延長線上に、そういった達人が存在する
のだと思うと、頑張っていける気がします。
ただ現代社会の中では、たとえ達人となっても、実際にその技を使うことはないでしょうし、市中で
使えば犯罪者となってしまいます。
ですから仮に達人への道があったとしても、それを求めて生活の全てを空手に捧げて修行…なんてで
きるはずもありませんし、その必要もないと思います。
単なる競技としてではなく、武道(人生)を通して『道』を追求していく人々によって、武道の真髄
は受け継がれていき、その教えを私たちが、時々お裾分けをしてもらう。そんな感じで十分なのだと
思います。
前記のYさんは、今後どんな道を選択していくのでしょうか。“40年の努力を自分でどう捉えていく
のか”で人生の満足度が違ってくると思います。とりあえず私たちは、自らの可能性を信じて健康と
そこそこの力を目指して稽古に励みたいと思います。この世界には素晴らしい能力を持った『達人
(通常、人はその潜在能力の3割程度しか活かしていないと…)』が存在しているのです。

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