会報「あすなろ」2021(令和3年)年5月号「護身(ごしん)」

“伸びきって、なおかつ相手に届かなくてもポイントとなる”スポーツ空手の突き。

武道としての空手が求める突きは“いつでも当てられる状態で寸止めする”端から見れば同じよう

に見える突きでも、全く違った練度のものとなります。稽古の中で「試合に勝つためだけの組手

でなく、身を守るための組手を意識して普段の稽古を行って欲しい」と話すように、できれば道

場生には、常に後者の『突き・蹴り』を意識して稽古して欲しいと思っています。

会報の中で、度々「この物騒な世の中で、自分と自分の大切な人の命を守れる程度の『力』を

つけさせたい…」と述べています。しかし、実際そんな場面に遭遇したら、ほとんどの人が今ま

でやってきた稽古など忘れてしまい、全く動けなくなってしまうと思います。私も茶帯の時、一

緒にいた友達が刃物を向けられたことがあります。多少の組手もできるようになっていましたが、

助けるどころか、体がこわばってしまい全く動けませんでした。

そんな経験から、稽古の時は道場生に「ナイフを持った人が突っ込んでくる、と思って蹴りなさ

い」と言います。でも、子どもはそんな経験はありません(当たり前ですが)から、なかなか見えな

い相手(突きや蹴りの稽古の多くが、自分と同じ大きさの仮想敵に向かって攻撃します)に本気で突

いたり蹴ったりすることができません。

一番本気なのが私、そして大人です。

大人は経験のあるなしにかかわらず、そういった状況をリアルに想像することができますから…。

TVや学校の講習会などで、護身術が扱われることがありますが、実際には全く役に立ちません。

1回や2回「腕をこう捕まれたら、こう返して…」などと教わっただけで、技が身につくことはあり

ません。実際に相手が同じ場所をつかむとは限りませんし、力の強い男性を制御するのはまず不可能

です。上記のように、恐怖心から全く動けなくなるのが普通です。

 それに打ち勝つのが『本気の稽古』です。私も“動けなかった自分”を忘れること無く、常に人生に

一度あるかないかの場面を思い出して、今でも稽古を続けています。そのお陰か、(10年ほど前)生徒

にナイフを向けられた時は、冷静に対応することができましたし、もう少し若い時には、3人の教え

子と一杯やっている時、からんできた7~8名のグループから教え子達(皆良い体格をしていましたが、

やはりほとんど動けませんでした)を守ること(正当防衛とは言え、過剰防衛・傷害?…もう時効でしょう

から…)もできました。  “通り魔が何の面識もない人に切りつける”という事件が起こることがあります。

犯人がずぶの素人であれば、空手をやって(ある程度のレベルになって)いれば、我が身を守る事はできる

かもしれません。しかし、ある程度格闘技の訓練をしている人が刃物を持ったら、とてもじゃないですが

太刀打ちできません。

本当の護身とは、ちょっとでも躊躇えば、逆上した相手に殺されてしまう状況で『命』を守るため“指一

本折る”“かみつく”“目を突く”等を躊躇なくできること…と、そんなこちらの思いも知らず、一部の道場生

がダラダラ稽古をしている様子を見ていると、つい(分かってもらえないと思いつつも)「そんなことで命を

守れるの」と大きな声になってしまうのです。道場生の全てが、気持ちだけは“万が一の事態を意識して”稽

古に臨んで欲しいと思うのは、私だけでしょうか…。

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