令和3年8月号 うら面「これから日本は…」
1年半以上経過しても、何の進展もないコロナ禍(対策が対策になってないので仕方ない)ですが、
先日のニュースで“ある市のワクチン予約センター職員の退職の実態”が報道されていました。
ワクチン接種も大分進んできましたが、まだ接種したくてもできない人が、予約センターに電話
してくるのだそうです。その電話の応対の様子が流されていました。
「なんですぐに打ってくれないんだ、俺がコロナにかかって死んだら誰が責任を取ってくれるん
だ…」こういった市民の不満を、ただ「申し訳ありません」と平謝りをしながら40分も50分も聞
いているのだそうです。毎日こんな電話を受けていたら、おかしくなって「辞めよう」と思うのも
当たり前です。
私が教師になった頃にも、訳の分からない文句を言ってくる保護者というのはいました。
しかし、最終的には管理職が、その理不尽さを諭したものです。ところが今の学校の対応は、まさ
に市役所の対応と同じ、まず“クレーマーの言い分を聞くだけ聞いてガスを抜きましょう”と相手を
興奮させないように、ただただ謝る(いつの時代から、バカ者相手に非のないことを謝るようになっ
てしまったのでしょうか)のです。TVのニュースでも、防犯カメラに映る犯罪者の映像は、常にモ
ザイクがかかり犯人の人権が保護されます。加害者の人権を守る行動が、被害者の人権を守ること
より優先されるのは、どうなのでしょうか?少数意見も大切ですが、それがあたかも多数の意見で
あるかのような報道は(不満を持っている人間が自由に発信できる)SNSの発達と共に、より顕著
になってきました。こういった匿名性に隠れた無責任な人間の発言が、あたかも正当な権利の主張
のように扱われ、声なき大衆(サイレントマジョリティと言われています)の意見が無視されていま
す。彼らの常套文句は「誰が責任を取ってくれるんだ」(要は「金を出せ」)です。
あすなろ6月号で「八百万の神に感謝し“良いことはおかげさま、悪い事は身から出たさび”これが日
本人でした」という文を載せました。マスコミが掲げる『平等意識』のお陰?で、日本の素晴らしい
伝統文化がどんどん失われています。
そんな世の中ですが、(個人的に)ちょっと嬉しいことがあります。
集金袋から会費を取り出す時のこと。お札の向きが揃っている袋が圧倒的に多くなりました。
中には、わざわざピン札(気持ちは伝わりますが、そこまでしてくれなくても…)を用意してくれる方も。
“お札の向きを揃える”ということは、丁寧に確認して“入れ間違いを防ぐ”ということの他に“人に会う前
に服装を正す”ように、受け取る人を思う『心』の現れです。うちの道場で道場生に話をする時“「気をつ
け」をして、しっかり話し手の方を見る”ことができる生徒が増えてきました。日本の『素晴らしい伝統
文化の1つとしての武道』を教える身として、とても嬉しく感じます。単なる“試合で勝つことを目的と
した道場”としてではなく、保護者の皆さんも“人生の宝物を得る道場”と感じていただいているのだ、と
勝手に自画自賛しています。
大リーグの大谷選手の、何気なくグラウンドのゴミを拾ったり、バットを手渡す時、グリップを相手に
向ける、等といった自然な振る舞い(日本文化)がアメリカで大いに賞賛されているのも、彼が少年野球か
ら“単なる勝つための野球”をやっていたのではなく『野球道』として、人間を鍛えるための野球が身につ
いているからです。一時的な受けを狙ってできることではありません。それがアメリカ人にも理解され評
価されている、嬉しい限りです。
これからも、我が「國際松濤館空手道連盟木更津中央支部」は“人生を幸せに生き抜ける力を育てる場”で
あり続けたいと思っています。日本の素晴らしい伝統文化を、まずは家庭から継承していけたらと願って
います。

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