令和4年1月号 うら面「人生を豊かにするもの(年の初めに)」

表面では「何かを始めるには若い方が有利だ」というようなことを述べました。

確かにそれは真理であり、職業に関しても大体十代で、人生の方向性が決まってくる場合が多いです。

では、年を取ってから何かを始めるのは、意味が無い行為なのかと言えば、それはまた別の問題だと思

うのです。

またまた私事で申し訳ありませんが「運動神経はそんなに悪くない方だ」と思っていましたが、空手を

始めた頃“関節の硬さ”が大きな障害となりました。特に後屈立ち、蹴上げ、蹴込みといった(今同じよう

に白帯さんが苦労している)動作は、なかなかできるようになりませんでした。

今でも満足できるレベルではありません(大人になって硬くなってしまってからのストレッチでは限界が

あります)仕事で稽古に出られない日々も多く、子どもたちの方がどんどんうまくなっていきました。

初めの頃は、小さい子ども達に混じって審査を受けるのも、恥ずかしい気持ちでした。そんな私が、空手

を辞めずに続けられたのは“稽古が終わって正座をしている時、じわっと汗が噴き出してくる心地よさを感

じられたこと”“少しずつだが、確実に強くなってきたと思えたこと”“空手を通じて、職場と違った人間関係

が広がったこと”などだと思います。

そもそも格闘技をやりたいと思ったのは、小学生の頃です。当時は『ガキ大将』といわれる子がいました。

ガキ大将というと、何か微笑ましい響きもありますが、彼は粗暴で平気で人を殴っていました。私も一度、意

味も無く殴られたことがありました。体が小さかった私は(空想の中では、彼をぶっ飛ばしてやりましたが…)

その理不尽な暴力にただ耐えるのみでした。中学に入ったら部活は、柔道か剣道をやろうと決めていました。

ちょうどその頃、漫画雑誌に「剣道は反射神経が鍛えられ、頭が良くなる」みたいな記事があり、剣道を選択

しました。3年生になって『剣道初段』を取得した時、全く「強くなった」とは思えませんでした。剣道は

実戦?より、姿勢や心を重んじていて(竹刀は刀といいながら、最も大切な間合いの攻防が弱く)自分の思っ

た『強さ』は手に入れられませんでした。

高校に入った頃、少年マガジンに「空手バカ一代」という大山倍達氏の半生を描いた(もちろんフィクションも

いっぱいですが)マンガが連載され大ヒットしました。「次に習うのは空手だ」と思いましたが、近くには道場

もなく時だけが過ぎていきました。

更に「燃えよドラゴン」というブルースリーの映画が大ヒット。いつかは空手を…の思いは、心の中にしっか

りと刻まれていきました。その思いが実現できたのは、教員として袖ケ浦に赴任した時でした。それから40年

近い年月が経過しましたが、未だに稽古を継続していける幸せを感じています。

選手として成功を目指すのでしたら“子どもの頃から”が、大きな要素となりますが『趣味』となれば“始めるの

に遅すぎる”ということはありません。強くなることも大切だとは思いますが、大人の趣味としては「人と比べ

て…」というよりは、自分が『楽しむこと』が何よりだと思います。加えて“健康な体と強さも手に入る”と考えれ

ば、まさに趣味と実益を兼ねる。稽古の励みになると思います。

先月末には『おやじ会(会員のお父さん方と一杯)』を企画しましたが、残念ながら?希望者はいませんでした。

指導者と生徒(の保護者)という関係ですが、同じ趣味を持つ大人同士、一杯やれる関係も悪くないと思います。

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