会報「あすなろ」2023(令和5年)年5月号「スポーツ」
高校野球、春の選抜大会で、相手のミスで出塁した選手が“1塁のベース上
でペッパミルパフォーマンスをし、審判から指導を受けた”ことが話題にな
りました。指導を受けた高校の野球部は“選手の自主性を重んじ、髪型や服装
自由。ヘッドホンで音楽聞きながら練習”という、これまでの高校野球のイメ
ージを覆すような指導法で知られる『名門』だそうです。
3月終わりに行われたWBC、見事な試合で優勝した日本の野球は、他の国
とは明らかに違っていました。グランドに入る時は『礼』立ち居振る舞いの全
てが『紳士』です。他の国の選手は、グランドにつばを吐く、ユニフォームは
だらしなく?裾出し。この違いが、冒頭の出来事を表してくれているように思
います。
過去に何度か触れたことがありますが、日本に野球(スポーツ)が導入された時、
日本人はそれまでの“武道(厳しい修行を通して人格の完成に努める)の代わりとし
て”スポーツをとらえました。ですから日本でスポーツは、楽しむためのもではな
く、己を鍛えるもの『道』として行われてきました。それがここ数年、(個人の責
任には目をつぶり)個人の権利ばかりが主張されるようになって、従来の“スポーツ
根性ドラマは、時代遅れの産物”として扱われるようになりました。更に一部の学
校では、児童(生徒)に掃除をさせないのだそうです。かつては当たり前のように
「自分たちで使ったところは、自分たちできれいにしよう」他の施設を使用する
時は「来た時よりきれいに」が合い言葉でした。ところが、掃除も自分たちでや
らず「給料をもらっている係員がやればいいんだ」という人間が増えてくると
“河原でバーベキュー”も、やって楽しむ、楽しんだ後は「ゴミは誰か給料もらっ
てる奴が片付ければいいんだ」と、そのまま放置して帰る。「自分たちさえ楽しけ
ればイイ」こういった考えを持つ人間の増加は、日本を旅した世界中の人が『素晴
らしい国』とする評価をどんどん下げていくはずです。
スポーツで最も大切なことは『勝つこと』です。ですから海外では、何億円も稼
いでいる選手が、どんな私生活をしていようが(例えば麻薬で逮捕されようが)、その
分野(のスポーツ)で活躍していれば、あまり文句を言われることはありません。とこ
ろが日本では“一流のスポーツマンは一流の人間であるべき”という考えが強いため、
犯罪を犯したりすれば、スポーツでの経歴にすら泥が塗られてしまうのです。冒頭の
審判は、相手のミスを茶化すような行為は野球道に反するとして注意したのか、単に
余分な動作だからなのかは不明ですが、「審判余分なことをするな」という考えは、
この先“汗水垂らして、グランドや道具やたくさんの人に感謝しながら…”という高校
野球の姿を変えていってしまうのかもしれません。
当会は未だに“試合でポイントを取った時ガッツポーズをしたらポイント取り消し”と
いう古くさい?ルールで行われています。試合の前後にきちんと礼をしない選手が、ど
んどん多くなっていますが、うちは試合前後の『礼』を厳しく指導し続けています。
スポーツは勝つことが大切ですが、武道は相手を思いやり、自分を鍛えていくことで、
ともに成長し調和することを目指しています。「時代遅れ」と言われても、変わるつも
りはありません。

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