会報「あすなろ」2023(令和5年)年7月号「朝三暮四」
昔、中国に狙公という猿好きの老人がいました。
家計が苦しくなり、彼は飼っていた猿の餌を減らそうと考えました。猿に
嫌われたくない彼は、まず「餌を朝3つ、夜4つ」にしたいと猿に申し出ま
す。しかし猿が怒ったので「じゃあ、朝4つ、夜3つでどうだ」と聞いたと
ころ猿は喜んで受け入れたという故事から、朝三暮四とは“目先の違い(利益)
にとらわれて、結果(全体の損得)が同じことに気がつかないこと”のたとえと
して使われるようになった言葉です。
「何言ってんの、人間はもっと賢いよ」と思いたいのですが、先日の“ある
家で電気代が高いと、エアコンを使わず我慢していたら、家人が熱中症で搬送
され入院した(当然高額な医療費を支払う羽目に…)”などというニュースを見る
と「人間もあまり猿と変わらないんじゃ?」と感じてしまうのです。
過去何度もルールが変更となっているWKF(世界空手連盟)の試合規定が「ま
た変更になる」という話を聞きました。そのルール改定に伴い全空連(全日本空手
道連盟)の審判や指導者は「(試合で勝つためには)また新しいルールを覚えなけれ
ばならない」と躍起になっているそうです。そして一部の指導者はいち早くルール
を覚えると、あたかもそれが素晴らしいことのように(錯覚し)誇らしげに振る舞い
ます。その姿は指導者というより、「今年の流行は黄色」などという言葉にいち早
く反応し、黄色の衣装を身にまとい、得意げに「私は流行の最先端を行っている」
などと謳っている軽薄な人間と何ら変わらない気がするのです。
本来空手も柔道も日本発祥の『武道』で、世界中にある格闘技の1つとして、世
界に広まっていきました。武道を世界中に広げたいというのは、ある意味日本の指
導者達の夢でした。ところが世界に広まるにつれ、日本人が大切に思っていた高い
精神性などは、受け入れられなくなってきました。組手の試合をしていると、お互
い「動けない時」があります。この時選手間では、目に見えない心理戦が行われて
います。日本人は、相撲(お茶、能…)などから、その『靜』を楽しめる『文化』が
ありました。ところが、世界中のほとんどの人にとって、試合の中で見合っている
時間は「動きがなくてつまらない」としか映らないのです。やがて互いを高め合い
人格の完成を目指す武道としての空手や柔道は、勝つこと最優先のスポーツとなり、
その運営は、日本人の手から外国人の手にゆだねられるようになっていきました。
現在ルールがどんどん変更される理由は、なるべく多くの人に見てもらい、たく
さんの収入が得られるように“見てわかりやすく面白い”“TVなどの放映時間に収まる”
等が基準で、完全な営利目的。選手の人格の向上など何も考えていません。選手の技
能を正しく判定しない審判ルール、派手さを競うポイント取りゲーム。日本の多くの
武道指導者は、WKFという大きな組織の一員となる(寄らば大樹の陰)ことで、大切
なものを失ってしまった気がします。なぜルールが変わるか、その是非も問わず、た
だ盲目的にそれに従う指導者、試合のルールが変わる度、防具などを揃えなければな
らない選手。何か違っている気がします。
相手を思いやり、自分を鍛え、強い心身を手に入れるための武道。失いたくありませ
ん。

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