会報「あすなろ」2024(令和6年)年9月号「武道的?」
私は意図的に空手を空手道と言い、練習と言わず、稽古と言っています。それは自分の中で“スポーツとの違いを明確にしていたい”という思いがあるからです。例えば型の稽古では、(他の多くの道場がやっているような)試合で使う型だけを教えていません。基本型である平安も、試合で使う初段と五段のみを繰り返した方が、遙かに早く上達するはずです。“試合に勝つための型を学ぶ”まさにスポーツ的発想です。試合に勝つだけなら、平安五段、慈恩、観空大、雲手、などを身につけていれば十分です。では、いろいろな型を学ぶメリットは何か?と問われれば、1つは『楽しさ』もう1つは『脳の活性化』なんだと思っています。いろいろな型を稽古していると(先人は、どのような場面でこの型を思いついたんだろうか等)いろいろな考えが浮かんできます。
試合で勝つため与えられた型を繰り返すのではなく、自分の好きな型を稽古するのは、とても楽しいものです。もう1つ、違った動きを学ぶときに、脳の中では、いろいろな神経細胞が連絡を取り合い、普段使わない領域まで使用します。同じ型を繰り返せば、確かに神経回路は太く(上達)なりますが、慣れてしまうことにより意欲の低下も起こってくるはずです。
スポーツはとにかく『勝つ(強い)こと』が大切です。あの大谷選手が、後半戦に入ってもホームラン2本、打率1割台であったら、いくらイケメンでも誰も相手にしてくれないはずです。スポーツは1番じゃないとダメなのです。世界一速い(記録を持った)人は、ウサインボルトです。じゃあ2番目に速い人は?と言われて、すぐ名前が出てくる人は多くないと思います。強いから熱狂され、憧れられるのです。 大熱狂のうちに終了したパリ五輪、素晴らしい思い出だけでなく、数々の物議を醸した大会でした。そのなかでも柔道52kg級の阿部詩選手の試合は、興味を引きました。世界中の柔道家が認める最強兄妹、だれしもが五輪連覇を疑わなかったはずです。しかし妹の詩は、2回戦で見事な一本負け。まともな礼もできず、会場内で大声を上げて大泣き。初めのうちこそ、会場は「詩コール」でしたが、あまりに号泣が長すぎ、やがてしらけムードに…。次の競技開始まで遅れる始末となりました。
ここで感じたのは“彼女は柔道家としてではなく、ジュードーウーマンとして柔道を続けてきたんだな”という思いでした。彼女が柔道家として日々稽古を積んでいたら、負けた瞬間(いかに大きなものを背負っていても)「相手は、自分を乗り越えるだけの努力をしてきたんだな」という思いが浮かんだはずです。自分は強いんだ、一番なんだ、だけではなく、一番だからこそ、世界中の柔道家が自分を倒すための研究・努力を重ねていることを忘れないはずです。
全国大会で審判をしていても、試合後の礼ができない選手が僅かながら見受けられました。みんな勝利(優勝)を目指して頑張っています。でも勝者はたった1人。負けたときにこそ、しっかり(相手を認める)礼のできる人間。うちの道場は、これからも、そんな人作りを目指し続けて行きたいと思っています。
暴 言 ?
「夏場の男性の匂いや不摂生してる方特有の体臭が苦手すぎる。常に清潔な状態でいたいので1日数回シャワー、汗拭きシート、制汗剤においては一年中使うのだけど、多くの男性がそれくらいであってほしい…」とXに投稿したフリーの女子アナが、謝罪した(させられた?)うえ所属事務所を解雇されたというニュースが報じられました。またやり投げ五輪金メダリストが、腹ばいでカステラを食べている様子を大物芸能人が「なんかトドみたいのが横たわってるみたい。かわいい」と発言した。この発言について、SNS上では「日本を代表している選手に向かってする発言ではないですよね」「これ誹謗中傷じゃないの?」と論争を巻き起こしました。
近年、SNSに投稿された一部の発言によって、世論が誘導されている感が否めないのです。そもそも何人の意見をもって“炎上している”という判断がなされているのか、全く明確ではありません。どの意見を正義と捉え、どの意見が中傷なのか?それはニュースとして発信している何者かの判断に、ゆだねられてしまっているのです。これは、ある意味とても恐ろしいことだと感じています。第2次世界大戦が終わって79年が過ぎ去りました。しかし、今もなお世界中で、日々たくさんの人々が紛争によって命を落としています。幸い我が国は、平和が続いていますが、SNSの少数の意見により国民の意識が操作される姿は、戦前に一部(軍部)の思惑で、国民全体を一つの方向に誘導していった手法と何ら変わりがない気がします。
パリ五輪終了後に、卓球の早田選手が報道陣から「やりたいこと」を問われると「アンパンマンミュージアム。 あとは鹿児島の特攻資料館(知覧特攻平和会館)に行きたいです。生きていること、卓球ができているのは当たり前じゃないのを感じたいからです」と答えました。早田選手とすれば、五輪中ですら戦争により命が失われる人がいる中で、平和な生活ができ、好きな卓球に打ち込めることの意味(幸せ)を感じたかったのだと思うのです。この発言に対して、五輪で早田選手らと戦い、友情を確認し合ったはずの、中国・韓国の選手がネット上で、彼女に対する批判の発言をしました。残念ながら、彼女の発言の真意を理解しようとする気持ちも、努力も全く感じられません。ただ、特攻や、日章旗という言葉のみに感情的に反発しているのです。これは中国・韓国で戦後続けられている反日教育のたまものです。彼らの持つ反日感情は“古の昔、大陸の優れた文化を伝えた後進国の日本に、第2次大戦中に占領された、という屈辱”からきていると言われています。そんなくだらないメンツのために、反日教育を続けているとしたら、真の友好など有り得るはずがありません。
どんなに多くの人のためになることでも、必ず反対する人がいるのです。その一部の人(俗に言うクレーマー)の理不尽な言い分が来ないように、何かを決めようとしているのが今の日本です。感情や声の大きさだけで、道理が引っ込むようなことがあってはならないのです。注意を受けたら、何でもかんでもパワハラ・暴言にしてはなりません。稽古の中で、いつも言うことですが“注意をしてもらうことはありがたいこと”です。他人のアドバイスを素直に聞き、自分の成長に生かしていけるよう。心と体を鍛えていきましょう。

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