会報「あすなろ」2024(令和6年)年10月号「方向性」

今年の全国大会に、我が中央支部は13名(3名指導部)のメンバーを選手として送り出しました。残念ながらメダルをゲットした生徒はいませんでしたが、それぞれに大会を楽しめたのではないかと思います。当日は台風の影響で“午前中の対戦を全て午後に回す”などで、長い1日となりました。日程を詰めれば…、とも思いましたが、来賓の都合や“館長の演武をユーチューブの黒帯ワールドが取材する”というサプライズ企画があったため、開会式の時刻が変更できなかったという事が、後になって分かりました。
黒帯ワールドの司会者と共に登場したのが、武道歴45年のタカ石橋さんです。現在64歳ですから、高校を卒業してからずっと、空手の修行をしてきたことになります。当初は、金沢宗家に憧れ、國際松濤館空手道連盟(SKIF)に入門していたそうです。彼を有名にしたのが、猛烈な稽古です。かつて一世を風靡した大山倍達の山ごもりでの特訓(拳や指の力を徹底的に鍛える)を自宅で行う。それを30年続けて(現在進行形)いて、手の甲は拳ダコ(右写真)でごつごつになっています。
実は、タカ石橋さんは3年前に“見かけはゴツイが、達人に簡単にやられてしまう空手家”として、この会報で紹介しています。その時は達人にスポットを当てていますが、今回はSKIFに縁があるということで、タカさんに注目しようとなりました。タカさんの存在を知ったとき、私は何となく親しみを感じたのです。人間の心理には「類似性による親近効果」というものがあるそうです。同じ要素(例えば、名字など)を持っている人には、つい親近感を抱いてしまいます。私も就職して以来、(タカさん程ではないですが)40年以上空手を続けています。しかし、どう手前味噌で考えてみても『達人』にはほど遠いのです。長きに渡って体を鍛えるということは、健康面では素晴らしい効果があると思いますが、上達ということに関していえば“続けているから上達するとは限らない”のです。その理由の1つは、本人の才能があります。同じ練習をしていても上達の仕方には個人差があります。そして、もう1つが『方向性』です。以前紹介したことがあるように、当道場の指導者は道場のOBがほとんどです。先輩から後輩へと教えが引き継がれています。私も基本を中心として、黙々と稽古を続けていましたが、黒帯ワールドを見た時はカルチャーショックを受けました。達人と呼ばれる人達は“稽古に明確な理由(筋道)を持っている”のです。私やタカさんのように、闇雲に与えられたものを繰り返していても、上達が早くなる訳ではなく、限りもあります。そこで指導者となってからは、本部の研修会や、様々な指導者から、必要な知識を取り入れるよう心がけています。例えば、当道場で稽古の始めと終わりにする『黙想』の時間にやっている呼吸法は、かつて宗家に「気の鍛錬の仕方」を質問したとき教えてもらったものです。ただ、基本をおろそかにしていては、どんな高級?な稽古も無駄になってしまいます。地道に頑張っていきましょう。

 

「どこまで」

表面で『達人』になるには、おそらく系統立った稽古が必要なのだと述べました。ここで「おそらく」という言葉を使ったのは、私は何年経っても達人といわれる技(例えば、骨掛け…腹筋を巧みに操作することで睾丸を下腹部に収納し、金的攻撃から身を守る技)を何一つ会得できないので、明確に「達人になるには、これこれこういう稽古が必要だ」と言い切れないのです。宗家は骨掛けはもちろん『気』をもコントロールできたそうです。しかし、宗家に教わった呼吸法を何十年繰り返しても、気をコントロールどころか、気を感じることすらできません。かつて一度だけ気功師と言われる人から「気の固まり」を受け取ったことがあります。おにぎりを握るような形の手の中に、風船のような弾力を感じたことがあります。それが本当の気の固まりなのか、こちらが催眠術のようなものにかかっているのかは分からなかったのですが、とにかく不思議な体験でした。
では「達人を目指す必要があるのか?」と問われたら、個人的には「ノー」です。達人と言われる人になるには、おそらく血のにじむような努力と才能が不可欠だからです。戦国の世ならばともかく、今の時代にそれだけの犠牲?を払って達人になっても、尊敬の目で見られるかもしれませんが、金銭的にも満足のいく暮らしはできないと思います。ですから、将来達人への道を目指すとしても、今やっておくべきことは“しっかりした基本を身につけておくこと”です。地道に稽古を続けていれば、少なくても私レベルの技量は身につけることができます。
“自分に自信を持って生活ができるようになる”これで十分だと思います。
先日、ある道場の生徒が「自流の型では、全中(全国中学生空手道選手権大会)の大会で勝てないので、松濤館の型を教えて欲しい」とやってきました。私と関わりのある先生の紹介?ということで、(その先生の顔を立てて)1日だけ指導しました。動きを見ていると、かなり強い(大会で上位にいけそうな)選手であることが分かります。しかし、身につけた基本は、そう簡単に変えられるものではありません。“優勝の可能性の高い型を学ぶ”というのは、まさに9月号で扱ったスポーツ空手の典型的なパターンです。また、うちの稽古時間の前に、剣道場を借りて熱心に型の練習(自分が通っている道場の練習時間に加えて)をする親子がいます。小学校低学年らしき女の子は「観空大」という型を、何度も何度も父親のアドバイスを受けながら繰り返していました。
親の夢と子どもの夢の方向が一致しているうちは、それでいいのかもしれませんが、スポーツの達人(全小・全中での優勝)を目指すのも、武道の達人を目指すのも、得られるものの価値を冷静に考えてみてもいいかもしれません。
うちの道場は、地道に基本を中心とした空手を続けていこうと思います。

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