会報「あすなろ」2025(令和7年)11月号「CM」
日本のCM(コマーシャル・メッセージの略で、これは和製英語だそうです)の質は、世界の中でもとても優れているのだそうです。缶コーヒーの宣伝に、宇宙人として登場するトミー・リー・ジョーンズ氏は、日本のCMが大好きで、そのためにわざわざ来日してくれると聞いたことがあります。
CMは、自社の商品を購買してもらうために、いろいろなアイディアが詰め込まれています。いかに商品の名前(社名)をたくさんの視聴者に覚えてもらうか。そのために企業は膨大な費用をかけて、心理学者などにも力を借りて、CMを製作しています。ですからCMの中には、印象に残るものが多いのです。個人的に好きなCMは、葬祭会社が日本人の『礼』を扱ったものです。横断歩道で止まってくれた運転手に、横断する子らがお礼の会釈をします。そして合気道の礼の場面、男の子がジョギング中に神社の鳥居の前で立ち止まり、一礼をしてまた走り始める様子。あまり言葉はありませんが、ほんのり暖かく、今失われつつある『日本の良さ』が伝わってきます。
CMも国が主導、となるとちょっと様子が違ってきます。特にそれを感じるのが、お隣の韓国と中国です。どちらもCMの目的が『反日』です。韓国では、政治への不満が高まってくる度に、反日運動が起こり(起こし)“庶民の目をそらす”という手法がとられてきました。そのため、歴代政権は、反日という切り札を教育を通して、国民に浸透させてきました。ところが近年、韓国の人々が海外で反日の思想を訴える場面で、韓国内と世界での日本の評価の齟齬が顕著となってきました。韓国の人々は“Kポップ・韓流ドラマ・料理などを、日本人が盗んで自国のものとしている”と主張するのですが、本来文化とは、常に相互に影響し合って、その国の価値を加えて発展していくものであり「盗む」という言葉が当てはまるのは“韓国人が、シャインマスカットの苗木を無断で自国に持ち帰り栽培をした行為”のようなことをいうのだと言われるようになりました。シャインマスカットはその後、植えっぱなしで手入れをしなかったため、品質の低下が甚だしく、その価値を貶めてしまったと言われています。こういった事象が多発するに従って、韓国政府も“科学的事実よりも、国民感情を優先して外交問題に当たる”という政策の大問題から、目をそらすことができなくなってきて、少しずつ日本への歩み寄りの姿勢を取るようになってきました。
中国では、戦後80年の戦勝記念日前から、抗日(反日)映画を放映し、日本人への敵対感情を煽っていました。映画を見た少年の「日本なんて絶対許さない」という言葉が印象的でした。戦勝記念パレードでは、ロシア、北朝鮮などの国々の首脳を集め、自国の軍事力を誇示しました。パレードを見た国民は「素晴らしい軍事力を誇りに思う」と第2次世界大戦前の日本国民のような感想を述べていました。中国共産党は、先の大戦でほとんど日本と戦っていません。当時の国民党(現在の台湾)が抗日運動を率いていました。大戦で実績のない共産党は、国民の支持を得続けるため、韓国と同じ手法(国外に敵を作る)をとり続けています。
国同士の外交も、個人間の交流でも、感情論だけでは何も解決しません。論理的な思考、事実の検証を通して、相手の立場を理解しようとする姿勢、そして過ちを認める勇気が何より必要なのです。
中央支部のCMは、ホームページだけです。それを見て入門してくれた道場生は、満足してくれているでしょうか?これからも、期待を裏切らない道場であり続けたいと思います。
礼 法
稽古が始まる前と後で、正座をします。その時に、手をついて座ったり、立ち上がったりすると、大きな声で叱られます。今時家庭や学校でも、大声で怒鳴られたりすることはほとんどないはずです。人によっては「そんな些細なことで、小さな子を叱らなくても(ある程度道場に通っている子は、座り方が身に付いていますから、注意を受けることはありません)良いじゃないか」と思うはずです。もちろん何も知らない子に対して、叱ることはありません。入門時に、正しい座り方・立ち方、黙想時や礼をする時の呼吸法などを指導しています。
ここで今一度、道場内の作法を確認しようと思います。まず【正座】から。座る時は、まっすぐ背筋を伸ばした姿勢(白線の端に親指が来ている)から、左足を半歩引き、そのまま左膝を白線の前に下ろす。膝が付いたら、右膝を同じように線の前に下ろす。この時足の甲は床に付いていない。(この姿勢を跪座と言います)両膝が床に付いたら、つま先を伸ばしお尻(骨盤)を(踵の上に)載せます。膝は拳1個分くらい開け(女性は閉じていても可)ます。足は重ねず、親指のみが重なります。座ったら腰椎がしっかり立つように意識し、手は太ももの中間くらいに指が内側に向くように置きます。
【呼吸法】目を軽く閉じ、鼻から息を頭の上の方へ導く意識(実際に空気は上には行きませんが…)で、ゆっくり4秒かけて吸い、その空気(気)がお腹の下(丹田)に向かうように、お腹を膨らませ4秒かけて前後に回すように練ります。その後お腹をへこませながら、8秒かけて口から息を吐きます。稽古始めの黙想時には、この呼吸を2回繰り返します。(終わりの黙想では、時間短縮で1回)
【礼】左、右の順で両手の人差し指と親指が3角形(指はくっつかない)を作るように床に置き、そこに頭を下ろしていきます。「正面に礼」の時は、頭を下げながら息を吸います。頭が下がったら、その姿勢で、ゆっくり息を吐きます。吐き終わったら、息を吸いながら頭を上げながら、手も右手左手の順に太ももの上に戻します。
【立ち方】背筋を伸ばしたまま、跪座の姿勢になり、右足のつま先を線の前に持ってきます。(片膝が立っている)そのまま右足を伸ばして立ち上がります。立ち上がったら左足を前に揃えて、気をつけの姿勢に戻ります。
美しい所作と、そうでないものとの動きの差はほんの少しです。型の稽古の時、私はいつも「良い姿勢と悪い姿勢の差は、ほんの少し。そのほんの少しの差が型なのかガタガタなのかの違いを作る」と言います。日常の生活、例えばスーパーでの買い物。車を入り口に一番近い身障者のスペースに停めて満足している人と、ちょっと離れたところに駐車して歩いてくる人、ほんのちょっとの動きの差ですが、その心持ちには大きな差が出てくるのです。脱いだ靴を揃えるのも、ほんの1秒の手間です。ちょっとした労力を惜しんで、楽をして満足を感じる人は、大切なこともできなくなってくるのです。だからこそ、美しい姿を作るための、ほんの少しの努力を惜しんではならない(そのちょっとの動作を惜しむと、道場では叱られる)のです。
美しい姿・作法を意識できるようになると、心も落ち着いてきます。相手の立場も理解できる心の余裕が持てるようになるのです。だからこそ、小さな作法を大切にしていきたいのです。
ほんのちょっとの差、この差が意識できるようになると、行動が変わってきます。

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