会報「あすなろ」2026(令和8年)3月号「数字(値) 」
私たちの生活の中には『度量衡』(度: 長さ、量: 体積、衡: 重さを測る基準や単位) と言われるものがあります。「5cm」と言われたら、誰もが「だいたいこれ位」と想像がつくと思います。他にも時間やお金など、数字で表されるもので私たちの暮らしは成り立っています。これらのものには『単位』というものが付いていて、その単位を見れば、だいたい何の数なのかが分かります。数字に単位を付けたものを、数値と言っています。昔、理科の授業で「5,000円を4人で分けたら、1人いくらになる?」という、問題を出しました。生徒達は、簡単に「1,250円」と答えます。「どうやったの?」と尋ねれば「5,000円÷4人で、1,250円」と答えます。「では、人はどこに行っちゃったの?」…。これは、理科では単位がとても大事だということを教えるための問題です。例えば「密度(g/cm3)を求めなさい」という問題で、密度の意味が分からなくても、g(質量)をcm3(体積)で割ってやればいい、と正解が出せる。つまり正しい?答えは1,250円/人だよ、と…。
スポーツの世界では、1,000分の1秒単位での争いで勝負が決まります。数字は平等に判定を付けてくれます。しかし、フィギアスケートやスノーボードなどの採点競技になると、数字の信憑性も揺らぎが生じてきます。具体的で平等だといっても、あまりにも数字を信じすぎるのも危険なのかもしれません。
今や世界最高の高速鉄道網を誇る中国ですが、元々は東北新幹線E2系の技術を流用していました。E2系の設計の最高速は315km/h、そこに強力なモーターを積んで最高速を350km/h(日本では安全性を第一として300km/hほどで運行)としています。海外への販売
拡張も精力的に行っていて、売り込みの目玉として、最高時速350km/hというスピードを挙げています。数値だけ見れば、日本の新幹線より中国高速鉄道の方が優れているように見えます。しかし、実際に350km/hで運行している時間は少なく、平均スピードでは新幹線より劣っている路線もあるそうです。私たちは、数字に囲まれた生活をしていて、いつの間にか1つのことだけを見て、その全てを理解してしまったかのように思うことがあります。物事の全体像を理解するには、もっと多角的に検証していく必要がある気がします。
先月ミラノ・コルティナオリンピックが行われました。オリンピックや世界大会というと、必ず出てくるのが「(金)メダルが何個取れた」という話題です。今年のオリンピックは“歴代最高のメダルを獲得した”と各メディアが伝えていました。銅メダル以上を獲得した選手は、たくさんインタビューを受けますが、4位以下になってしまうと、取材を受ける機会すら格段に減ってしまうのです。
最近はどんなものでも○○ランキングというのもがあり、私たちは上位のものを求めたがります。でも、ランキング上位が実際に自分に合って素晴らしいものかは、分からないのです。もうすぐ入試の季節も終わります。ともすれば偏差値のランキングが、人間のランキングのようにみなされてしまう風潮がありますが、学力のランクは、人間のランクではありません。どんな数字もあくまで参考にすぎず、最終的には自分(の好み)が選んで、決めていくべきものですし、優しさとか、人を思いやる心、責任感など数値では表せない大切なものがたくさんある事も、忘れてはならないのです。
才能…
オリンピック(スポーツ番組)を見ていて、改めて人間の才能というものを考えさせられました。フィギュアスケートで、オリンピック連覇を果たした羽生結弦選手が、何度も挑戦して手に入れることのできなかったクワッドアクセル(前向き4回転ジャンプ)を、アメリカのマリニン選手は軽々と跳んでしまいます。そのマリニン選手は、金メダルが確実視されていましたが、本番で失敗をして銅メダルすら取ることができませんでした。勝負と才能は、必ずしも一致する訳ではありませんが、スポーツに限らず、どんな世界でも『才能のある人』が存在します。
スポーツといえば、必ず引き合いに出されるのが大谷選手です。ゴジラ松井選手がアメリカに渡って10年間で175本のホームランを打ちました。1年で31本のホームランを打った時、日本では大騒ぎになりました。しかし大谷選手は8年間で280本のホームラン、2年連続のホームラン王(年間最多は55本)を記録しています。単なる記録だけでなく、『勝負』という観点で見れば松井選手の勝負強さ(チャンスでの打率)は、それなりの評価を得ています。ただ、大谷選手は、バッターとして一流、ピッチャーとしても一流であるところが、誰にもまねをすることができない選手として、大リーガーの中でも特別な存在となっています。もちろん才能だけでなく、大谷選手の努力は、他の誰にも負けないほど熱心なことも知られています。しかし、他の選手がどんなに努力しても、大谷選手にはなれないのです。その差は、やはり才能の差なのです。特別な才能(+努力)を持つ人は、『スター』として、憧れの対象となります。
特別な才能を持たない私たちは、一番になることはできないのか?と問われれば、「そうでもない」となります。例えば、坂本花織選手のやり方です。彼女はトリプルアクセルをうまく跳ぶことができません。そこで、一つ一つの技の練度を上げるという方法で努力を重ね、世界女王になることができました。もっと身近な例を挙げれば、新幹線の清掃員の人達です。世界で“7分の奇跡”と呼ばれるその清掃は、新幹線をいつもピカピカの状態にしてくれます。アメリカなどでは、清掃員というと最下層の人間のする仕事で、そこに携わる人もお金のために仕方なくやっている人が多いそうです。しかし日本では、汚いところをきれいにしてくれ、乗客に感謝される素晴らしい仕事として、誇りを持って働いています。
近年“治安が良い”といわれる日本でも、理不尽な理由での犯罪が増加しています。犯罪を犯す多くの人が無職で、一方的に感情を爆発させて犯行に及んでいます。貧しくても誇りを持って一生懸命働いている人がいるのに、自分は何の努力もせず、都合の悪いことは常に人のせい。学校教育が、人間育成の力を失いつつある現在、ますますこういった人が増えていくのかもしれません。
武道を学ぶことは、(努力して変われる)自分の素晴らしさ(誇り)を見つけることでもあると思います。地道に基本を大切にして稽古していきたいです。

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