会報「あすなろ」2022(令和4年)年6月号「空手で得られるもの」
今から7年ほど前「空手を東京オリンピックに」という動きが活発だった頃、TVのCMで
「Mひろ」ちゃんは『天才空手少女』と紹介され、キレキレの『形』を披露していました。
残念ながら、東京オリンピックには年齢制限により出場することはできませんでした。次回
のパリ大会で、空手は大会種目から除外されたため“オリンピックで金メダルを”の夢は、今
ではかなり厳しいものとなってしまいました。
日本人は、オリンピックが大好きです。スキー(ジャンプ・ノルディック)のワールドカップ
で何度も優勝し、海外で賞賛された2人も、オリンピックで金メダルを逃した後は、極端に
報道が減りました。どんな競技でも、トップアスリートと呼ばれ、その競技に関する収入だ
けで十分な生活ができるのは、数千人に1人と言われています。その中でも野球やゴルフ、
サッカー、五輪金メダリスト…と、何度もTVに登場し(放映され)数億円の年収を手にする人
(競技)と、めったに登場しない人(せいぜい1千万円)の収入は雲泥の差となるのです。
当然ながら、空手は後者です。
ですから町道場で“小中学校の大会で試合に勝つための技術”を学んで優勝したとしても、その
先(将来)を考えると、『子どもの頃の栄光』を得るためだけに時間や労力を費やすのは、割に合わ
ない気がするのです。そこで、私がいつも口にする『幸せ論』が出てくるのです。これは何度も言
うことですが、空手というスポーツ(勝ち負けが重要)を学ぶのではなく、『道』=武道として学ぶ。
この姿勢の違いが大切なのだと思っています。うちの道場には、冒頭に上げた天性の素質を持ってい
る、Mひろちゃんのような子はいないと思っています。
一般的に日本人は温和であり協調性が高いと言われています。それは美徳でもあるのですが、現代
のようにグローバル化してくると、やはり“言いたいことははっきり言う”ことも必要になってきます。
うちの道場生は、よく言えば優しい。ちょっと言い方を変えれば気が弱い子が多いようです。そんな
道場生が『型』を稽古している時、気になるのが『視線』です。「相手の目を見て~しなさい」とは、
いろいろな場面で言われることですが、実際にそれができる人というのは、そう多くない気がします。
空手を道として(人生を)学ぶ中で、大切なことは“自分を鍛えて(良い方に)変わっていく”ことです。最
初から恵まれた体格で、ずば抜けた運動能力があって…なんて人はそう多くないのです。はじめは面と
向かって話もできない子が、型を稽古する中で(何度も注意を受けながら)、しっかり視線を向けていき、
徐々に弱い心を克服していくのです。私も空手を始めた頃は『組手』が強くなれば良い。『型』なんてあ
まり意味のないものだと思っていました。ところが、空手を続けて行くうちに型の面白さ、大切さが分か
ってきました。
稽古では、空手という競技の特性から、ちょっと痛い思いをすること、あるいは怒鳴られたりすることも
ある(こう書くと過敏に反応する人がいますが、本人が自分のためにやってくれているか、憎くてやられてい
るのか、一番わかるはずです)と思います。何もつらい思いをせず、強くなることはありません。自分一人で
できないことが、道場で、みんなと一緒ならできるのです。今の状況を変えるためには、他力本願でただ待つ
のではなく“自分で今できることをやること”を続ける。これしかありません。

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