令和4年6月号 うら面「続けていくことで」

コロナ、そしてロシアのウクライナ侵略…と、ついつい会報もそれに関連した話題とな

っていました。久しぶりに今月号は空手(武道)が話題です。

我が道場の指導員が、空手指導に専念できる状態でしたらともかく、私のように『基

本を重視した空手』を指導している限り、空手のスーパースター?は生まれないと思って

います。ただ、今現在“私が気になっている(どう見ても運動が得意ではない)道場生が、

自信を持って人生を歩いていけるようになる”ということに関しては可能であると信じて

います。ただこれには大きな要素があります。それは何度も言っていることですが『継続』

です。わかりきったことですが、道場に通うためには『親の都合』と『子どもの意欲』の

2つが同時に満たされなければなりません。先日TVの番組で(ホストの)ローランドさんが

“物事を続けるためには、続けることが大事”と話しているのを聞いて「おもしろいことを

言うな」と感心しました。彼曰く「マラソンで、500m走ったところでお腹が痛くなった

時と、40km走ったところでお腹が痛くなったら」というたとえ話がありました。40kmも

走ったら、どんなに辛くても「最後まで走ろう」と思うだろうが500mだったら、止める

ことに何の未練もないというのです。今まで私は「続けるためには習慣化しなければなら

ない」とか「自分に義務を課して…」などのように、続けるための方法論ばかり考えてい

ました。でも、そんなことを考えなくても“漫然と続けてみる”それでいいじゃないか。と

思えたのです。

ただ最後は親の願いだと思うのです。それはスポーツ選手や芸能人を目指させる親のよ

うに、我が子に夢(大金を稼げる)を託し、スパルタ教育を施すのとは違い、我が子に“自分

の人生を力強く生きていくための自信をつけさせたい”という思いで十分だと思います。

コロナが流行ってから『密』はダメだと、道場での我が子の様子を見る親がほとんどいな

くなりました。しかし、出席率の高い子は、少しずつではあるのですが、確実に進歩して

います。できれば、その努力の過程は見て欲しいです。道場は学校ではありませんから、

欠席も遅刻も自由です。ただ、他人と(成績を)比べる必要もありません。自分自身のペー

スで成長を感じることができます。私は教師をしていた頃から(「生徒を呼ぶ時は、さん

付けをしてください」と指導?を受けたこともありますが…)生徒を名字でなく、名前で

呼んでいました。それは、我が子をさん付けして呼ぶ親がいないのと同様に、常に『自

分の子』だったらと思って指導したからです。道場でも同じ気持ちで指導していますし、

ほかの指導者たちも同じように、名前で呼んでくれています。

新入社員のアンケートで、ホワイト(優良)企業とされる会社に入社したばかりで“転職を

考えている人がかなりの割合いる”という報道がありました。理由は「ここは自分の能力に

見合っているだろうか、自分はもっと高い能力を持っているのでは…」というのです。

今の若者は、怒鳴られたことがない。つまり、失敗してもそれを『自分のミス』として反省

することがないのです。自分の能力を低く見ないことは大切かもしれませんが、実力もない

のに過大に自己評価するだけの人間ばかりになってしまったら、この国はどうなってしまう

のでしょうか?

私の座右の銘の1つに「いいことはお陰様、悪いことは身から出たさび」があります。

今の日本人の多くが「いいことはあって当たり前、なければ文句を言う。悪いことはみんな他

人の責任」と思っています。空手を通して、何事も自分の思うようにならないこと、辛い思い

をした分だけ、自分の心が強くなること、物事は自分がやったようにしかならないこと…。

こんなことがわかってくれば『幸せな人生』を送れるはず(幸せ論)です。

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