会報「あすなろ」2022(令和4年)年8月号「自己顕示欲」

大晦日につく除夜の鐘は108回です。

いろいろな説がありますが、よく知られているのは四苦(4×9)と八苦(8×9)を足した

数が108になることから、煩悩(自分の内側にあり自分自身を苦しめる心を、仏教では煩悩

と呼んでいるそうです)は108個、その煩悩を除くことを願い108回鐘を突くのだと言われ

ています。

人間とは“欲深いもの”といわれています。『欲』というと、何か悪いイメージもありますが、

欲がなかったら、人生楽しいこともなくなってしまう気がします。 心理学者のマズローは、

人間の基本的欲求を①生理的欲求、②安全の欲求、③所属と愛の欲求、④承認欲求、⑤自己

実現の欲求の5種類としました。落ち目(かつて世界で2番目に豊かな国といわれた我が国の

所得水準は20位以下だとか…)になってきたとはいえ、我が国では飢え死にするほど貧しい人

はおそらくいない。つまり日本では、ほぼ①②の欲求は満たされていそうです。しかし、③番

目の欲求になると、学校や職場のみならず、場合によっては「家庭ですら満たされない」と感

じている人が増えているようでなりません。③がしっかり達成されないうちに④を求めている

のが、我が国の現状のような気がします。

承認欲求とは「自分を価値ある存在として、他者から認められたい」という欲求ですが、一般

に「目立つことによって注目を得たい」という安易な思いとすり替えられる傾向が強い欲求でも

あります。本来は“自己を高めて…”という要素が不可欠ですが、それには時間も努力も必要。

ということで、似たような感覚が得られる『目立つ』という行為として実行されます。夜中に爆

音を立てて走り回る若者は、その典型です。機械(エンジン)の力を借りて誰でもできることを得

意になってやる。「高価なブランド品を身につけたい」というのも「自分はそんな高価な物を持

てるような(成功した)人間なんだと見て欲しい」という心のアピールです。どんな欲求でも、そ

れが自分の中だけで完結すればいいのですが、その対象が『我が子』となってくると、また違っ

た問題が生まれてきます。

今年“全日本柔道連盟が小学生の全国大会を中止した”というニュースが報道されました。関係者

によると、指導者が子どもに減量を強いたり、勝ちにこだわるあまり、組み手争いに終始する試合

があったり、判定を巡り指導者や保護者が審判に罵声を浴びせることもあったというのです。

全柔連幹部は「大人が、子どもの将来ではなく、眼前の勝敗に拘泥する傾向があった。見つめ直す

契機にして欲しい」とコメントしています。スポーツである限り、勝敗は最大の要素です。しかし、

それが子ども自身の手を離れ、(ブランドバックを持つような)親の満足のための道具となってしまっ

ては“何のための大会なのか分からなくなってしまう”というのです。

空手でも“我が子の勝利のために”という思いが強すぎる家庭もあるそうです。そういった話を聞くた

び「小学校時代にチャンピオン(人生のクライマックスが、そこ…?)になるため」たくさんの時間・費

用をかける価値があるのか?と思うのです。

小中学校の時代は、“人生のゴールではなく、人生の土台を作る時期”であるはずです。空手に関して

だけでも、上達の早い子もいれば、遅い子もいるのです。親の自己顕示欲が、“我が子を他人と比較して、

優越感に浸る”ような形で現れるようでは困るのです。人の成長スピードは、人それぞれです。しかし、

続けていれば、僅かずつですが確実に進歩していきます。親の思いが、小学校・中学校の空手の大会で

メダルを取ることより、“大人になった時、自信を持って自分の人生を生きていける『力』を手に入れ

ること”と思えるようになれば、承認欲求のみならず、自己実現の欲求も手に入れられるような気がし

ます。

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