会報『あすなろ』2015年10月号

支部長の独り言 『負けるが勝ち』

先日、某中学校の体育祭で綱引きが終わった後「うちの子が転んで怪我をしたのに、そこにいた先生は救護所に連れてもいかず、そのまま整列をさせた、ちょっと酷すぎるんじゃないですか」と、先生に激しく抗議をしている母親がいました。

転んで怪我をした本人を呼んでみると、膝にバンドエイドを貼った姿で走ってきました。母親は「痛かったでしょう」「酷い目に遭ったね」などと、子どもに向かって話しかけていました。先生が「痛いか?」と聞いてみると「大丈夫です」。初めは「破傷風にでもなったら、いったい誰が責任を取るんですか」などと語気を荒げていた母親も「今日もたくさんの子が擦りむいていますよ」という養護教諭の言葉、周囲の保護者たちの視線を感じ、去って行きました。
“自分の子が痛い(かわいそうな)目に遭っている”確かに母親からすれば、自分が出て行って助けてあげたい。そう思う気持ちはわかります。しかし、すぐに救いの手をさしのべることは、結果的にマイナスになる場面の方が多いのです。その子は、中学校に入学してきたとき、自分でワイシャツのボタンがはめられませんでした。それが、体育祭で転んでも「大丈夫です」と言えるまでになったのです。そこまで地道に面倒を看てくれている先生を大声で叱責して、周囲の生徒から「ああいうのを、モンスターペアレントって言うんでしょ」などと言われてしまっては、周囲からの信頼を得られるはずがありません。子どもには子どもの世界があります。その中でいろいろな体験をしていくのです。大人から見れば、つたない経験かもしれませんが、どれも成長していく上で、欠くことのできないものです。それを「うまくできない」からと親がその体験を奪ってしまってはならないのです。
空手の大会でも同じです。どんな親でも「できれば勝利を収めて欲しい」と願うものです。しかし優勝はたった1人です。残りの全ての子は、どこかで負けてしまうのです。「負けるのがかわいそうだ」は、親の勝手な発想です。この思いが強くなると「うちの子は試合に勝てそうにないので出場させません」となります。負けて学ぶことの方が、勝って学ぶことより多いのです。人生という長い道のりの中では、負けることの方が多いはずです。だったら常に勝つことを求めるより、負けてもへこたれない精神力をつけてやるのが、真の親の愛であるはずです。
今、精神的にもろい子が増えています。ちょっと人間関係でトラブルがあると「学校に行きたくない」で欠席。結局家でゲームをしたり、ゴロゴロして過ごします。うちの子がかわいそうだから、学校へ行かなくても、塾に行っていればいい。こんな発送の親がいます。多少の学力があっても、人間関係を構築する能力がなければ、引きこもりになるだけです。そうなってしまったら、将来親には多大な負担がかかることになります。小さいうちにどんどん負け、悔しい思いもさせ、立ち直る力を強くしてやることです。試合はいろいろな意味(緊張したり、打ちのめされたり)で、心を鍛える場です。できる限り試合には参加させて欲しいと思います。

支部長 重田紀元

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