会報「あすなろ」2018年5月号 「幸せになる人、ならない人」
何度も述べてきたように、人間の能力には、そんなに大きな差はありません。
学力に関しても同じで、知的障害があるなどの特別な場合を除いて「勉強ができない」
といわれている子と「勉強ができる」といわれている子の潜在能力の違いは、ほとんど
ない気がします。
少し前に、ビリギャルという偏差値30代で慶応大学に合格した女子高校生の話が話題に
なったことがあります。もちろん受験科目が英語と小論文で焦点を絞りやすかった事な
どもあると思いますが、要はやり方と本人のやる気によるのです。勉強が苦手な子は
“自分で自分の限界を作っている”のです。「頑張ってやったけどダメだった」という子
の話を聞いてみると、ほぼ勉強などしていない(やっていたとしても、ほんの少し)こと
がほとんどです。
今の学校教育は、体育の授業で転んでちょっと「頭が痛い」と子どもが言えば即病院
に行って脳の検査をとなります。万が一硬膜下出血でもしていて…と、その責任が問わ
れてしまう社会になっているので仕方のない事でもありますが、あまりにも子どもを大事?
にし過ぎます。その結果、大したことしてなくても「よく頑張ったね」という言葉が、子ど
もに対して頻繁に使われます。
昔の子どもだったら当たり前のことを、今の子どもは「自分は頑張ったんだ」と捉えてしま
うのです。なので勉強もちょっとやってできないと「頑張ったけどできなかった」と自分で低
い限界を決め納得してしまうのです。自分で思い込んだら、もう他人が何を言おうと無力です。
このような教育の結果、社会には“大したこともしないのに自分は頑張っているんだ、自分を認
めない人は、その人が悪いんだ”と思い込んでいる人が増加し、憎しみを何の関わりのない赤の
他人にぶつける事件が多発しているのです。
身を守れる力の大切さについては、過去何度も述べたとおりです。
社会に出て幸せになる(身の回りにある幸せに気づける)ためには、自分の力で収入を得てゆく
必要があります。ところが近年『仕事が長続きしない人』が増えているそうです。
仕事を単なる収入の手段とだけ考えていると「こんな給料じゃ」となってきます。
こんな例があります。
あるスーパーマーケットのレジのバイトをやっていた人が、もう仕事を辞めようと思った頃、
お客さんといろいろ話をするようになったそうです。
やがて、そのお客さまが自分との会話を求めて、そのスーパーに買い物に来る事を知り、
仕事の素晴らしさ(自分の魅力)に気がついた。という話を聞いたことがあります。
どんな仕事でも人間関係をうまく作れる人は、仕事の楽しさ、やりがいを見いだすことができるの
です。
良い人間関係を構築するためには『我慢』が不可欠です。特に家族のように四六時中一緒にいる場
合は、それが顕著になります。一般の人間関係のように一定時間だけ、外面を良くしていればイイ
という訳にはいきません。ついつい相手の言動にイラッとすることが出てきます。
そんな時こそ、自分の言い分を我慢して、まず先に、相手の言うことを聞いてあげる必要があるの
です。道場での稽古は、肉体的にも精神的にも辛いことがたくさんあります。親から見ると「かわ
いそう」と思うこともあると思いますが、熱いうちに叩かなかった鉄は、ナマクラで使い物になら
ないのです。

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