会報「あすなろ」2020(令和2年)年11月号「親が子に与えてやれるもの」

先日「ある道場では、生徒を試合に出さないようになった」という話を聞きました。

その理由が「今のルールでは意味がないうえに勝てないから」というのです。

かつてその道場は、いろいろな大会で常に生徒が上位に入賞していました。その道場が今の試合に

否定的な理由は“遠い間合いでの攻撃をもポイントとする全空連(カデットルール)方式の判定”です。

確かに『打撃の有効性』を考えたら、防具を着けた状態で10cm離れた突きや蹴りはポイントになり

得ません。

ただ時代が変わり『社会が要求する安全』が優先され(かつて述べたように)空手という武道ではなく、

Karateという名のスポーツのルールに変わったのです。

ですから“意味がないから、勝てないから試合に出さない”というのは(あくまで噂なので真偽のほどは分

かりませんが)空手をピアノやスイミングなどと同じ『習い事』としてしか捉えていないようで、ちょっ

と違う気がします。

当道場でも、黒帯取得を目標として稽古し『初段』を機に辞めていった子ども達がいます。

習い事であれば“空手や柔道で黒帯を締めること”“試合で勝ってメダルや賞状をもらうこと”は習い事に箔

をつけるための大事な要素です。中には、高校の入試や就職時提出する履歴書に「英語検定3級」とか

「空手道初段」…の一言を加えたい?という人もいるかもしれません。

まあ、それはそれでいいと思います。

多くの場合、習い事をさせるのは『親の意思』によります。スポーツに限らず芸能の世界でも、子ども

は物心着いた時には、親が希望したものをやっている場合が多いです。

空手に『道』が付くと、単なる勝ち負けでなく、人生をどう生きるか、に重みを置く事になると思います。

当道場では(ちょっと欲張りですが)いろいろな大会での上位の入賞を目指しながらも“空手を身につけるこ

と=将来幸せになる力を付ける”をより大きな目標として、日々の稽古に精進してもらっています。

誰しもが、自分のDNAを受け継ぐ我が子に『安楽』を与えたい(苦労をして欲しくない)と思うのです。

しかし一般的には、それは叶わぬ夢です。我が子の面倒を生涯に渡って看ることはできないのです。親が

与えてやれるのは『どんな状況になっても自分の可能性を信じて明るく生き抜ける力』しかありません。

人間の致死率は100%です。死を迎える時に「いい人生だったな」と思える人生を送れたら素晴らしい

ことだと思っています。そういう心境に入るためには、健康な体と、逆境にも負けない強い精神が必要で

す。しかし、これらは楽をしていては手に入れられません。試合で勝てば、親も本人も嬉しい。勝つため

の努力、これも大切です。しかし勝者は常に1人です。つまり人生においては“勝つ喜びを知るより、負け

た時どう立ち直っていくかを知っている方が有益であるはず”です。負けて相手を妬んでいく人になるより、

勝者を称え、自分の足りないところを反省し、次に活かしていく力を(できれば)成長期のうちに手に入れる

ことです。親としては、どうしても目先の喜びを与えたくなるものです。進学も同様で、偏差値の高い学校

へ行かせることだけが、子どものためになるとは限りません。知識は大切ですが、その知識を土台として

(我が子が)どれだけの智慧を、築いて(役立てて)いけるか、を考えてやることも忘れて欲しくありません。

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