会報「あすなろ」2021(令和3年)年1月号「道 場 (生きる道を学ぶ場所)」

あけましておめでとうございます。

新しい年をみんなで元気に迎えられたことに感謝しながら、頑張って稽古に励んでいきたいと

思います。

新しい年の初めに、今一度道場の方針を確認したいと思います。

私が教師になって、初めての授業をした時のことです。あまりに衝撃的であり、今でも忘れる

ことができません。それは授業の終わり頃、何気なく「みんな分かったかな?」と聞いたら、生

徒は即座に「は~い」。その時心の中で「な~んだ、教えるなんて簡単なことじゃないか」と

思ったのです。そしてその後すぐ、その授業の『まとめテスト』をやりました。

結果は惨憺(さんたん)たるものでした。私の教えたことは、ほとんど理解されていませんで

した。

当時1クラスの定員は、今では考えられない45名。冷静に考えれば、生徒の理解力だけ考えて

も45通りあるはずですから、それを「たった一度説明したから、すべての生徒が分かるなんて思

うこと自体が間違っているじゃないか」と分かりますが、当時はまだ純粋?だったものですから…。

その後は、漫才のようなことばかり…。

ある時帰りの会で「明日は弁当だから忘れないように」と話した直後、生徒の1人が手を上げて

「先生~明日、弁当はありですか~」これが実態です。

先日型の稽古の時間、何度やってもダラダラした動きが直らず「喝」を入れる意味でも、型の動

きの意味や取り組む姿勢について話をしていました。それを聞いていた保護者の方が「重田先生、

良いことを言う(ありがとうございますm(_ _)m)なと思って聞いていたすぐその後なのに、言われ

たことを全くやってない子がいますね」とちょっとお怒り気味で話してくれました。

何度か稽古の見学をされている方は分かると思いますが、子どもの取り組みには大きな差があり

ます。時折大きな声を出して叱責することもあります。

今の子は“自分の行動が、相手にどんな気持ちを起こさせるか”を考える習慣がありません。

学校で先生に怒鳴られたり叩かれたりすることはありません。

言い方を変えれば、何をやっても、どんな態度でも平気、ほとんど自分の行動を反省する機会が

ないのです。自分の行為を反省してもらうには、やはり『怒り』が必要です。

怒る時は(もちろん怒鳴ったりの演技はしますが、気持ちだけは)本気で怒ります。大人と子ども

でも、1人の人間として本気で向き合います。ただし、できなくて怒ることはしません。人間の能

力には差があります。すぐできる子とできない子がいます。できない子も、続けるうちにある程度

のレベルに達します(これが武道の素晴らしさです)。やらない事に対して怒ります。

努力が必ず報われるわけではありませんが、成功した人は必ず努力をしています。

『正しい努力』これが成功の鍵です。その方向が間違わないようにするのが『指導』です。

先に述べたように、聞いていない(聞けない)子が多いのが現状です。ですから何度も繰り返し説

明をします。子どもには難しい理論であっても、なぜそんな動きをするのか、できる限り科学的な

理由も説明します。ただ言われたことだけやる(やらされる)のではなく(すべてを理解できないとし

ても)、『何のために』を意識させます。すべては、子ども達が『将来どのように生きていくか』を

自ら見つけ出す力を付けるためだと信じて…。今日もまた、怒鳴っているかもしれません。

 

令和3年1月6日

支部長 重 田 紀 元

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