会報「あすなろ」2021(令和3年)年8月号「平等とは(パートⅡ)」
人間は法の下では平等かもしれませんが、実際には少しも平等ではありません。
この世に生を受けた瞬間から、お金持ちの家に生まれた子と貧しい家に生まれた子とでは全く
違った人生を歩むはずです。また五体満足で産まれた子と、障害を持った子。素晴らしい運動
能力や学力、芸術面での才能に溢れた子と、そうでない子。容姿に恵まれた子、親の愛に恵ま
れた子…。何から何まで不平等な世界の中で、明るく生きていける人と、人を妬んで世を恨ん
でいく人の違いは“産まれた時点での「幸・不幸の判断」ではなく「自分の人生は自分自身で作っ
ていく」気持ちが持てるか否か”にかかっていると思うのです。
「重田先生は、体が軟らかいですね」と準備体操を見ていた人に言われたことがあります。
以前、あすなろで書いたことがありますが、空手を始めた頃、体(特に関節)が硬くて、後屈立ち
や蹴上げ、蹴込みといった基本動作がなかなかできず、ずいぶん苦労しました。そのため空手を
始めてからずっと現在まで40年近く、痛い『ストレッチ』を続けています。それでも『縦手刀』
『蹴上げ』などは、未だに満足できるレベルではありませんが「少しでもいい形に」と、続けて
います。
ですからその努力を知らない人に「体が軟らかくていい」などと、気楽に思って欲しくないのです。
道場生のK君、入門してきた時には、何をやってもうまくいかない。どうみても「運動が苦手です」
というタイプでした。遅れて入門してきたR君は、誰が見ても「運動神経抜群です」というタイプ。
同じような稽古をしていても、後から入ってきた年下のR君の方が、どんどん上達していきます。
普通だったら、稽古を続けるのが嫌になってしまうところです。
ところがK君は、誰より早く来て(道場のモップがけをして)基本をサボらずこつこつと努力を続けま
した。入門から1年が過ぎる頃から、空手が目に見えて上達してきました。先日、お腹で子ども達の
突きを受けていて驚きました。K君の突きは、どっしりとした『空手の突き』になっていたのです。
改めて『基本の大切さ』を実感すると共に、数年後の彼は、お金では絶対手に入れることのできない
『心と体の強さ』を手にすることができているはずです。
何が言いたいかというと、“他人が努力をしている姿を見ていない人に限って「強い人・うまい人は、
才能があるからなぁ~」と思う”のです。しかし才能だけで生きていけるほど、世の中甘くはありませ
ん。才能で一番大切なのは『それが好きであること』だけです。あとは努力しかありません。
うちの道場でも「あいつ急に○○帯になって、いいよな」と感じる人がいると思います。
しかし、それはあまりに失礼というものです。自分に見えるものが全てではありません。見えないとこ
ろで努力していることが分からない人は、冒頭で述べた、人を羨み、自分の不満を人にせいにして生き
ていく人です。たった一度の人生です。今や過去の不平等に文句を言ってみても、何も変わりません。
自分の(未来の)人生は、自分の努力で手に入れられるのです。
何度も言っていることですが、武道の素晴らしさは、こつこつと基本を身につけていけば、誰でもあ
る程度の『強さ』を(平等に)手に入れられることです。今道場には、たくさんの「白帯さん」がいます。
できることなら、彼らの多くが辞めることなく(辞めた時点で終わり)努力を続け『人生の宝物』を手に
入れて欲しいと願っています。

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