令和3年12月号 うら面「武道 武道というけれど…」

「うちの道場は単なるスポーツではなく、武道としての空手道を目指しています」こう言うと「命の

やりとりでもするの?」などと言われそうですが、あくまで『心の持ちよう』について、そうありた

いということです。過去に何度か武道とスポーツの違いについて述べてきました。簡単に言えば“スポ

ーツは自分が楽しんだり、人を楽しませたりするためにするもの”で、うまくいけば莫大な収入を得る

ことができます。一方武道は“心や体を鍛え、自分を磨くもの”というイメージが強く(残念ながら)かな

り強くなっても、それを職業とし大金を手にするのは、かなり厳しいです。なので“空手の大会で優勝

を目指すこと”を目標として空手を学んでも、一時の満足は得られるかもしれませんが、長い人生を考

えた時に、小中学生時代に空手の大会で優勝することが“どれだけの価値をもたらすのか”と考えると、

いささかの疑問符がつくのです。

では、どうしたら“人生に価値を見いだせるのか”と考えた時“人生の様々な時に訪れる困難を乗り越え

る強さ、を身に付けられること”ではないかと思うのです。『乗り越える困難』は精神的なものが多いです

が、時には肉体的な困難に遭遇することもあります。実際(これも何度か述べましたが)空手を学んだお陰で、

自分や周囲の人間を不当な暴力から守れたこともありました。稽古の時の私の口癖の1つに「ナイフを持っ

た人が向かってくると思って、突きや蹴りを出しなさい」があります。最近「死にたいけど1人では死ねな

いので、何人か殺せば死刑になり死ねる」などと何ともいえない理由で、全く無関係の人に切りつけたりす

る事件が多発しています。しかし、いくら事件が多いといっても、私たちがそんな事件に遭遇する確率は、

宝くじの高額当選より低いですから「ナイフを持った人が…」は、ほとんど現実的ではありません。

しかし、常に最悪の状況を考え稽古できていれば、それ以下のこと、例えば“いじめっ子に殴られるかも”なん

てことは、大したことではなくなるのです。この“常に最悪の状況を考え稽古することこそが武道である”と思

うのです。そういう意味で、道場で一番本気の突きや蹴りを出しているのが私であると思っています。年々体

力は衰えていきますが、基本の時間だけでも本気の突きや蹴りを出すことに、こだわっていこうと思ってい

ます。

毎年、道場に「この子はいじめられちゃうんじゃないかな」と思う子が入門してきます。その度に「この子

を強くしてあげたい」と思うのです。過去に何人か“空手を続けたお陰で、心と体の強さを手に入れることがで

きた生徒”が巣立っていきました。しかし残念ながら、そのような生徒の何倍もの道場生が道場を去って行きま

した。辞めていった生徒は、(思うようにうまくならないため?)だんだん出席率が悪くなり、たまに来てみれ

ば、同じ頃入門した生徒にできることができず落ち込み、また行くのが億劫に…と悪循環。“すぐに結果は出

ない”という当たり前のことを忘れず、努力を続ければ必ず『もの』になるのです。ただ、人間1人で何かを

続けることはとても難しいです。しかし、同じ目的を持った仲間がいれば、きつい稽古も続けていけるのです。

稽古の後は「やって良かった」と思うのですが、稽古に行く前は、みんな億劫なものです。

私は毎日「今日も一日幸せだったな~」と口に出してから寝ます。大した能力もない人間ですが、空手と出会

え、続けることができたお陰で、たくさんの素晴らしい人達と出会い、そこそこの強さを手に入れ、自信を持

って生きることができるようになりました。できれば、この幸せを手に入れる力を、道場に来る人達にも手に

して欲しいと思っています。

だから、うちの道場はスポーツではなく『武道』にこだわりたいのです。

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